第24話 そして時間が動き出す 4

 もう何もしたくは無かった。早く今日を終わらせてしまいたかった。

 時刻はまだ二十一時を廻ったばかりだったが、早々に敷きっ放しの冷たい布団に潜り込んだ。

 早く明日に逃げ込んでしまいたかった。不甲斐ない自分を過去の者にしてしまいたかった。

 急く気持ちが眠りを妨げるのか、瞼を閉じても眠れる気がせず、何度も天井に吊られた照明を見上げては瞼を閉じて身を捩るのを繰り返した。

 やはり眠り方が分からないさっきの父さんの部屋でのこと、疑念、様々思案が去来して一向に頭から離れない。

 眠れない。心が騒ぐ。ダメだ。

 諦めて目を開き上半身を起こした。寝て居る自分を想像も出来ない。

 照明の紐を乱暴に引いた。チカチカと瞬いて室内に冷たい光が広がった。

 時計に目を向けると、二十二時を少し過ぎた処だった。小一時間布団と格闘していたことになる。

 布団から抜け出し、冷たい階段を爪先立ちで上がった。父さんの部屋。机の上。ソウゴがさっき置いていった母さんの日記を手に取り下に降りた。

 布団に入り、温もりの名残りに包まれて腹ばいになると、顔の前に母さんの日記を構えた。

 心が騒ぐ理由は分かっている。この日記のせいだ、無理に意識を逸らして避け、忘れようと努力する行為自体がこの日記の存在を逆に強く意識させてしまうのだ。

 幾ら家族であろうと、息子であろうと、母の日記を読むことは憚られた。むしろ他人の日記であった方が読み物として楽しむ位の余裕が生まれたかもしれない。けれど、今夜この日記を開くと言う通過儀礼を行わなければ、眠れない。今日を過去に変える事ができない気がした。

 家の中はうるさい程に静かだ。オーケストラの演奏が始まる寸前の様に。

 ハルトは日記を開いた。

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