第43話  記憶の想起1

          〇


 父さんに言われたんだ。

「ハルトお兄ちゃんになるぞ!」

 僕の反応を伺う父さんの後ろ、台所から母さんもこちらへ顔を向けている。

「本当に!僕がお兄ちゃん?弟?妹?」

 リビングの椅子に立ち上がって尋ねた。

 父さんも母さんもニコニコ笑っている。

「どっちだろうな、それはこれからのお楽しみ」


          〇


 ミルクの甘い香りがする。

 タオル地の優しい手触りのおくるみの中で、サクラは眠そうに瞼をゆっくりと瞬いている。顔を覗き込むとジッとこちらを見つめてくる。

「サクラ、僕がお兄ちゃんだよ、何か欲しい者があればお兄ちゃんに言うんだぞ」

 サクラに話しかけているのを皆に悟られるのが気恥ずかしく小声で語り掛けた。

 もちろん返事なんて無い。感情を読もうとサクラの瞳を覗く。吸い込まれるように純粋な球体。何も発信することなく全てを吸い込んで行く。表層には阿保みたいに呆けた自分の顔だけが写っている。その自分が問いかけてくる。

「良いお兄ちゃんになれそうかい?」

 なるよ。と問いに返すと、瞳の中の自分は嬉しそうに口元を緩めた。


          〇


 家族の事は大好きだ。それでも早く起き出して過ごす朝の一人の時間が好きだ。自由だ。元旦の朝は特に好きなんだ。皆遅くまで寝ている。その間にこっそりと家を抜け出して散歩に出かける。朝靄あさもやに煙る早朝の街路はまるで夢の終わりの瞬間のようだ。新鮮な空気を肺に大きく送り込む。元旦の朝にしか無い匂いがするんだ。何もかもが新しくなっているような気分。自身も中から空気と一緒に細胞が入れ替わる気がする。

 朝靄あさもやの晴れる頃に家に戻るとサクラが目を覚ましている。オムツを替えてあげて、前に抱えて一緒に炬燵おこたに入ってテレビを見る。チャンネルなんて何だって構わないんだ。サクラの頭に頬を寄せてすりすり感覚を楽しむ。

 へへへっ可愛いなぁ。

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