最終章 それでもさ

第47話 レイの目覚め

 酷く揺れる。荒々しい運転をしているのがカーブを曲がる度に受ける遠心力から伺ってとれる。何度目か、ぶつけた頭の痛みにレイは堪らず目を覚ました。

 いつもの癖で車内で寝てしまった。レイが寝てしまうとソウゴは起こすことをしない。何処で寝ようが何時まで寝ようが、ソウゴはレイに干渉しない。きっとソウゴの元を離れると言っても止めてはくれないだろうと時々寂しくなるときもある。ソウゴとのドライブの途中で寝てしまってから大分時間が経っている気がするが、車はまだ走り続けている。それにこの運転、いつものソウゴの運転と明らかに違う。

 ラゲッジスペースで寝てしまったレイは気配を消してゆっくりと頭を上げてバックウィンドウから車外を覗いた。流れ去る景色が辛うじてテールランプに照らされて見える。その範囲だけだ、遠くまでは見えない。車道の片側は木々が茂り、その他方は崖がそびえている。どうやら山道を登っているようだ。

 ソウゴに出逢ったころ、車に乗れと言われてレイは迷った。助手席に乗るのは馴れ馴れしい気がした、後部座席ではソウゴに運転させて偉そうで、散々迷った結果ラゲッジに乗り込んだ。ソウゴは小さく肩を竦めただけで何も言わずに車を発進させた。それ以来レイの定位置はここになった。荷物は後部座席に、レイはラゲッジにと言う具合だ。

 ラゲッジから運転席を小動物のような仕草でヒョイと覗いて頭を引っ込めた。

 ソウゴじゃない。

 刹那、運転席の誰かに聞こえてしまうのでは無いかと不安になるほど胸が鳴った。ソウゴならもっと運転席から厳つい肩が迫出しているし、頭もシートから出ているはず。それに運転の仕方だ。レイとソウゴの車内での距離は離れていて基本は会話も無いけれど、ソウゴはレイを居ないものとして扱っている訳では無い。出来るだけ振動を抑え、急発進も急停止もしない。常にラゲッジのレイを気遣った運転をしてくれる。そんな心地良い運転だからこそ、こうやって寝てしまうことも多いのだ。こんな乱暴な運転をソウゴがしていることを見たことが無い。まるで自暴自棄でどうなっても良いと言うような運転の仕方だ。何よりも決定的に違うのはこの空気感。苛立ちと怒りを感じる背中。

 もう一度ゆっくりと運転席を覗く。

 けれど何処か寂しげでもある。フロントガラスに目をやると闇の中を進んでいると言うよりも、闇の中へと踏み込んで行っている印象を受けて怖くなる。あれは誰だろう。

 ラゲッジルームに腰を落とすとポケットから携帯を取り出して電源を入れた。ソウゴと一緒に居る間は電源を切っている。連絡の欲しい相手と一緒に居る間は携帯に用は無い。それに突然自分の意思と関係無く鳴ったり、震えたりする携帯が苦手だ。毎回ドキリとさせられる。

 液晶のバックライトが灯り、待ち受け画面が表示される。間を置いてバイブレーションが震えるとメールの受信を知らせる文章が表示された。

 携帯の振動にビクリと肩が無意識に上がってしまった。気づかれていないだろうか、上目使いに背中の運転席の様子に聞き耳を立てる。

 運転しているのは誰?車は何処に向かっているの?もしかして寝て居る間にこの車は盗難にあってしまったのかも知れない。港に行ってそのまま船に積み込まれて海外で売られる。そんな話を聞いたことがある。運転席の男は日本人じゃないかも、外国人?中国人?言葉も通じないかも知れない。どんどんと悪い考えが浮かんできて泣いてしまいそうだ。

 一旦思考を止めて携帯に目を落す。メールを開いた。

 ソウゴからだ!

『ハルトの居る場所教えてくれ』

 涙が零れた。声が漏れそうな程に心細い。どうして私がこの状況なのにハルト君の居場所を尋ねるの?知らないよ、知らないよ、私が知る訳ないじゃん。ソウゴのバカ!液晶に滴が幾つも垂れる。口を押えていないと嗚咽が漏れてしまう。何で私が、、、!

 ハルト君なの!液晶の滴を拭ってもう一度メールの文章を読んだ。私がハルト君と一緒に居るから教えてくれってこと?この文面の意味はそうに違いない。運転しているのはハルト君なんだ!確かにソウゴがハルト君に車を貸すことは何度だって有った、何処に行くかなんてその度に尋ねなかった。けど、後から聞こうと思えばハルト君に電話して聞くことは出来る。それが出来ないから私に尋ねて来た?それが出来ない事とハルト君の普段と違う今の雰囲気に関係があるのかも知れない。察するにハルト君が電話に出ないのか、もしかしたら持ってきてもないのかも知れない。

 何が起きているのかは分からないけど、まずは指示された通りにマップアプリから今の居場所をソウゴに送信した。どうやら西伊豆の辺りを走っているようだ。液晶の時刻は0時31分を表示している。

 返信は直ぐにあった。

『そのままそこで見つからないように隠れてろ。到着したら住所を教えてくれ』

 私の行動はソウゴにお見通しみたい。何処かで様子を見ているかのように言い当てられて恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上に嬉しい気持ちが勝ってしまう。さっきまでの不安は嘘のように消え、ソウゴが近くに居るように心強く感じる。

 レイはチラリと運転席を見た。言われてみれば確かにハルト君のように見える。さっき一目見てそうと分からなかったのは、ハルト君の出す似つかわしくない負の雰囲気のせいだろう。レイはバックウィンドウの方を向いて腰を降ろして膝を抱えた。いつものハルト君になら頑張って話しかけることも出来たと思う。けれど今のハルト君はまるで私の知らないハルト君だ。とても声など掛けられない。何かが有ったのは明白だ、私なんかは人を励ましたり、慰めたりなどができる人間じゃない。むしろその相手の感情に当てられて自分まで落ち込んでしまうような人間だ。ソウゴが来れば何とかなる。

 レイは膝の上に顎を乗せて外を眺めた。

 闇に木々が吸い込まれて行く。

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