第48話 ハルトを探す四人

 ミズキはハンドルを握り、前方を睨みながらソウゴへ怒気を向けていた。レイを車内に残したままハルトに車を貸したことが気に食わなかったようだ。

「あんたね、レイちゃんを何だと思っているのよ、物やペットじゃないんだからさ、車と一緒に乗せて貸しちゃうなんてあり得ないでしょ!忘れてましたじゃ済まさないからね、眼球ぶん殴るよ」

 ミズキは頭がパーだと言うようなジャスチャーをして拳を握って振り上げた。

 バックミラー越しのソウゴは聞いているのか、いないのか分からないような呆けた表情で頬杖をついて窓の外を眺めている。

「今回はたまたまレイちゃんがハルトと一緒に車に乗ってて、ハルトの居場所が分かって、良い方向に行ったから良かったものの、聞いてんのかソウゴ!」怒鳴った。

 ソウゴはあぁと素っ気なく表情を変えずに答えただけだ。

「あんたまさか他の人にも車と一緒にレイちゃん貸してんじゃないでしょうね!ハルトだからまだよかったものの、他の男だったらレイちゃんに何しでかすか分かんないじゃない!」

 バックミラー越しのソウゴの様子は変わらない。

「ソウゴ!きいてんのかって!」

 声を荒げるミズキにやっとソウゴは口を開いた。ミラー越しに目が合う。

「ミズキさ、カっているじゃん」

「はぁ?何よ突然。蚊?血を吸うあの虫のこと?」

「あぁ、それ」

「その蚊が何よ」ミズキは怪訝な表情で口を窄めた。

「俺さ、思うんだ。蚊って血を吸うだけなら許せるのにって、量も少ないしそれで貧血になる訳じゃないし、赤くなって腫れるのも許そう。けど、蚊の悪い処ってその後に痒くすることだよな。黙って吸って立ち去れば叩き殺される事も無いし、わざわざ線香焚かれることも無いのにな、ミズキもそう思わないか?」

「それは確かにそう思うけど、何で今その話なのよ」

「ミズキって、そんな感じだよな」

 助手席のヒカルがブフーっと吹いた後にゲラゲラと下品に笑った。

「ひゃひゃひゃその例え何か凄く秀逸っ」

 横で腹を抱えて笑うヒカルをミズキが鬼のように睨んだ。

「はぁ?何?私?何なのよその例えは、久々に長々ボソボソ喋ったと思ったらそんな事言う?ムカつくわー」

「はぁはぁ、まぁまぁみっちゃん」

 ようやく笑いが収まったヒカルがミズキをなだめた。

「ソウゴは、みっちゃんが周りの人を心配して注意してくれるのは分かるけども、言い過ぎて相手の心にしこりを残すことも有るから、それを蚊に例えて気を付けた方が良いよって言いたかったんだよ」

「言ってた?そんな暗喩があの悪口の中に含まれてた?なにを都合よく解釈してくれちゃってるのよ、腹立つわぁバカ女」

「あぁーみっちゃんまたバカって言った。痒いよぉー痒いよーみっちゃんの所為で痒いよー」

 嫌そうな顔で首元をポリポリ掻いてみせる。

「うるっっさいバカ女!黙ってろ!ソウゴあんたの所為で何の話だか分からなくなったじゃない」

 ミラー越しにソウゴを覗くが最初と変わらぬ素振りで窓の外を眺めている。

「何であんた何も無かった顔してんのよ、無かったことにするんじゃないよ!私とヒカルが二人で騒いでるだけみたいになるじゃないの、まるで馬鹿みたいになるじゃやないの」

 ソウゴが窓に向かってポソリと言った。

「羽音も五月蠅くて嫌だなぁ」

「ムッカついた!更にムカついた!せめてこっち向け!こっちを向いて言え!」

 ミズキがミラー越しのソウゴの横顔に吠える。

「みっちゃん前を向いて運転してよー事故しちゃうよ」

 そう言ってにやにやしたヒカルがミズキの頬を押して前に向けた。ミズキは歪んだ口のままでまだむぎゅむぎゅと罵詈を唱え続けている。

「みっちゃん、ソウゴだっていつもレイちゃんごと車を貸したりなんて毎回してる訳ないよ。ハルトの様子が変だったからこっそりと乗せておいたんだよ、ソウゴはそんな事を普段からする様な奴じゃないのは私たちが誰よりも知っているじゃん。ソウゴもハルトを心配しているんだよ」

 三人のやり取りを見て、先程までソウゴの隣で神妙な表情をしていたハルトの父の表情が少し緩んだ。そして急に頭を下げた。

「三人共、本当にありがとう。今までハルトを支えてくれて、ハルトは良い友達を持ったよ」

 ソウゴも顔を向けて急な謝辞に戸惑った表情を見せた。ヒカルは後部座席に体を向けると慌てて返事をした。

「あぁ、お父さん何を急に!頭なんて下げないで下さい。支えるなんてそんな大層なことは、ここに居る三人共されたことは有れども、したことなんて無いんですから。特にこちらのみっちゃんは。こちらこそいつもハルト君には御世話になっております」

 振り返った変な姿勢のままヒカルはペコペコ頭を下げた。ミズキが睨んでいる。

 ハルトの父は頭を上げて、それを見て笑った。

「いいえ、十分に支えられているはずです。本当なら私がハルトの傍に居て支えてやるのが筋なのでしょうが、私が居たところであなた達の代りには成らなかったでしょうね」

 淋しそうに握った拳に目を落した。

「私は仕事を言い訳にして、お婆ちゃんにハルトを任せて、結局ハルトから逃げていたんだと反省しています」拳を握った。

「私がもっとハルトと向き合わなければならなかった。話しておかなければならない事もあった。私がそれをしてこなかったからこんな事になってしまった」

「ハルトが家を飛び出す前に何があったんですか」

 ミズキがミラー越しに尋ねた。

 ハルトの父は目を伏せたまま黙り、他に言葉を発する者も無く、暫くはただ車輪がアスファルトを蹴る音だけが車内を忙しなく流れた。

 雨が止んだようだ。水を切る車輪の音が止み、それを切っ掛けにする様にハルトの父は口を開いた。

「君達には話しておくべきだろうね」

 シートに深く座り直した。

「今日の事を話すには十四年前のあの事件から話をしなくてはいけない。君たちもしっているだろ、サクラが死んだあの日のことを」

 ミズキは耳の詰まる感覚に眉を寄せた。

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