第17話 ミズキとヒカル、ハルトの元へ 2

 そんなことを思い返しながら、門を押し開けようと手を掛けたが、ハタっと手を止め思い出した。ヒカルはこの門からは出入りしないのだった。両親の客人と顔を合わさないようにいつも勝手口から出入りしているのだった。

 丁度正門の反対側に当たる裏口へ回り、小さな木戸を押し開けた。ヒカルが勝手口で下駄を履いているところだった。着物姿だ。女性らしいこと全般が疎い私には、着物の柄が何と言う花であるのかは、もちろん分からない。しかし、美的感覚はある。紫の下地に白や桃色の花が凛と咲き誇り、花弁が舞っている。美しい。素直にそう感じた。和服の下手なモデルよりよっぽど似合っている。

 ヒカルは完全に女として生きている。外見だけでなく、その所作の隅々に女性の品格すら感じる。まるで女の手本のようだ。女の私でさえ、着物からスラリと伸びた首筋が艶めかしく、見とれてしまう程だ。

 本物の女の私と言えば、ブルージーンズに紺色のパーカーその上に黒いジャンバーと言う装いだ。胸には黄色いロゴで、でかでかとOREGONと書かれている、訳がわからない。恥かしいを通り越してもはやどうでも良くなった。次はこの格好にNYと書かれたキャップでも斜めに被って来ようかと企んでみた。そんなアベコベの二人が並んで歩けばどちらが女なのか分からないだろう。

「どうもーみっちゃん、久しぶりー、元気しているー?」

 ヒカルの背後から声がした。

 始めに私に気がついたのはヒカルのおばぁちゃんだった。裏口の扉を押さえながら、ヒカルの肩からヒョッコリと顔を出して笑っていた。笑うと目尻が垂れて、瞳が黒目ばかりになる、その笑顔がヒカルに似ているといつも思う。

「はい。元気にしていますよー。私はそれだけが取り柄みたいなものなので、おばぁちゃんは調子はどうですか?」

 両腕でポパイさながらのポーズを作って歯を剥き出して笑った。

 ヒカルが垂れた御髪を耳にかけながら顔を上げ、おばぁちゃんそっくりの笑顔でみっちゃんと言って笑った。

 おばぁちゃんはわざとらしくゴホッゴホッと咳をして口元を手で覆った。

「そうかい、それは良かったね。私はもう長く無いかも知れないねぇ。この冬を越せるかどうかってところだよ」もう一度咳込んだ。

 どう診ても元気にしか見えない。いつもの小芝居に付き合う。

「おばぁちゃん。そんな弱気なこと言わないで!絶対にまた元気になるから!私もっと、もっと働いて、いいお薬買うから。それでおばぁちゃんを絶対に治してあげるから」

 泣いているような表情をつくり、唇をワナワナと震えて見せた。

「すまないねぇ。すまないねぇ。私がこんな体で無ければ、あんたにこんな苦労を掛けることも無かったろうにね、本当に済まなかったね、私が死んだら冷蔵庫の中のプリンは全部あんたのものだからね、持っていきんしゃい!」

 おばぁちゃーんと言って抱きつこうとした瞬間ヒカルが立ち上がり割って入った。

「はい、はい、それ始まると長くなるから。もう充分でしょ?泣けた。泣けた。感動した。はい!行こうー」

 私とおばぁちゃんの間で手を広げ抱擁を阻止された。

「感動のフィナーレを目前に水を挿すなんて無粋な子だよまったく。ねぇ、みっちゃん」

 おばぁちゃんが眉間に皺を寄せて同意を求めてきた。

 私は真顔を作りヒカルに向けた。

「うん。ヒカルはそう言うところあるから、そこは直したほうがいいよ」

 キッパリ言い放った。

「ちょっと!何で私が悪いみたいな形で話しが纏まっちゃっているのよ?謝ればいいの?謝ろうか?ごめんね!」

 息継ぎもせずに捲し立てたヒカルの言葉で三人とも声を上げて笑った。

「やっぱり、みっちゃんに会うと元気を貰えるねぇ」

 おばぁちゃんは目尻の涙を拭いながら言った。

「こんなバカでよければ毎日でも会いに来ますよ!きっと三日目位には、もう来ないでくれって泣いて頼まれていると思うけどね」

「はははっ本当にみっちゃんは面白いねぇ。太陽みたいだよ、ただ燃えてるだけなのに結果的に様々な恩恵を与えて感謝される。みたいな感じでね、多分まぁ太陽のやつぁそんなことは、なぁんにも分かってないでボウボウと勝手に燃えているのだと思うけどね」

 ヒカルもうんうんと頷いてから口を開いた。

「鈍いところも、たまにやりすぎて日照りや水不足で人を困らせるところまでそっくり!」

 そう言って首を竦め、イタズラに笑った。

「二人とも褒めてないよね?」

 私は二人を交互にしゃくりあげながら睨んだ。

「みっちゃんが居なければ光も射さないよ。少なくとも私はね」

 真っ直ぐな瞳でヒカルが言った。

 急に何を言い出すのか、思いがけない言葉に戸惑いを隠せなかった。目が本気だと訴えかけてくるので、気恥ずかしくて、驚いたような顔を作って誤魔化し視線を逸らした。その先に四段はあろうか、重箱を包んでいると思われる風呂敷が鎮座していた。

「おばぁちゃんこんなに沢山作ってくれたの?大変だったでしょ」

 ヒカルが自分の顔を指差しながら私も作ったよと口をパクパクしている。

「いいの、いいの、ばばぁになると時間とヤル気を持て余すから、良い暇潰しになったよ、それに皆で食べるんだから、これくらいはなくちゃ、足りないよりは余るくらいで丁度いいのよ」

「ふぅーん、でもハルトの家行くけど、居るかわからないよ、連絡もしてないし」

「大丈夫きっといるから」

 あまりにもおばぁちゃんが自信を持って言うものだから、分かったと素直に認めてしまった。

「引き止めて悪かったわね、暗くなって来たから気をつけて行っておいで」

 言われてみて、見上げた空は、黒いフィルターを通したようにぼんやりと、陽光のなごりが微かに燻っているばかりだ。室内から洩れる暖気と明かりで夜の気配に気が付かなかったようだ。

 ハルト君によろしくーと手を振るおばぁちゃんに手を振り返し、ヒカルと車へ向かった。

 ミズキの運転する車は、黄昏に沈んで行く街に滑り出した。

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