第21話 そして時間が動き出す 1
何度寝返りを繰り返したのだろうか、まるで眠り方を忘れてしまったかのように眠れる気がしない。
もう一度寝返りを打つと頭の中で[もしも]が転がり出て来た。
目を開いて中空の闇を見つめると黒いキャンパスに千思万考が拡散した。
あの手紙を父さんの部屋から見つけたその時から、俺は父さんが怖い。今まで俺の知っていた父さんは、本当の父さんの姿では無いのかも知れない。あの手紙を読み終えた瞬間から父さんは俺の知らない別の何者かに変わってしまっている。俺は父さんが分からない。
辛うじて家族の形を保ってこられたのは、婆ちゃんが母さんの代わりを務め、孤独から俺を守ってくれたから。父さんが腐ることなく父としての務めを果たし、何不自由無い生活を与え貧困から守ってくれたから。二人の庇護があったからだと充分に認識している。尊敬している。
けれどこれまでの父さんの行動の意を俺は、穿った見方しか今はできない。
仕事に打ち込んでいた姿は俺を避ける為の口実にすら思えてしまう。家に帰れないのではなく、帰らなかったのではないかと勘繰ってしまう。
もしかしたら父さんは俺の憎むべき相手なのかも知れない。電話を掛けて聞いてみることも出来る。しかし、そんな用件で電話を掛けるのも気が重く進まない。
今度ばあちゃんにそれとなく父さんのことを聞いてみよう。
婆ちゃんは何があっても、何が起こっても俺の味方だ。今はその事実だけが俺の支えだ。
もう一度寝返りを打つ。今度は数時間前の情景が転がり出てきた。
〇
少し暖まった居間のコタツ上には、ヒカルの持ってきた重箱が広がっている。
あれよあれよと言う間に重箱の中身は無くなり隙間が目立つ様になっていた。旺盛に行ったり来たりする皆の箸をヒカルが制止、レイちゃんも負けずに食べなともぐもぐしながら小皿へ取り分けている。
あれ?こいつ自分は食べないって言ってなかったか?とミズキは白い目をヒカルに向けて口を開いた。
「ヒカルまた変な男に入れあげてるんだよ、皆からも何とか言ってよ」とミズキが先程の話をぶり返した。
「またぁ?どうしてそんな奴らばかりが近づいてくるのかね」
咥えた箸を上下に踊らせてソウゴが聞いた。
「近づいて来たんじゃなくて運命が二人を出会わせたのよ、皆が何を心配しているのか私にはさっぱり分からない」
急須に湯を注ぎ戻って来たハルトが腰を下ろした。
「また怒られてるの?」
「みたいですね」ヒカルがすねた口調で返す。
「私が恋愛するのがみっちゃんは不満なんだって、ハルトだって燃える様な恋がしたいでしょ」
炬燵に入り、湯を注ぎながら返答した。
「俺は、止まっているように流れる平穏を求めるかなー」
「うわぁー年寄り臭いなぁ、泣くまで待ってろホトトギスって感じ」
ヒカルは苦い顔で茶を啜った。
「私はいつも不思議な運命の出会いに心トキメかせているだけなのに皆余計な心配をし過ぎてるのよ。取らぬ狸の皮算用ってやつよ」
「その使い方合ってる?」
ミズキが首をひねる。
「けどこの世に不思議な事など無いってある本に書いてあったよ、だからヒカルに同じ様な男が寄って来るのにも理由が有るんだよ」
ハルトの言葉にヒカルが身を乗り出す。
「でしょ!不思議な運命は実際あるものなのよ。ね、レイちゃん」
ヒカルが不意にレイに話を振った。
余りに急だったせいかレイは少し返答に躊躇しながらも答えた。
「ある。かもしれません」
「ほら!有るって!レイちゃんも絶対に有るって言ってるよ!」
絶対などとは言っていないはずだし、言わされた感が強いがヒカルは皆の顔を順に覗きながら誇張して主張した。
「不思議でないなら必然ね。やっぱり運命の出会いなのよ」
キラキラした瞳でヒカルは何処か遠くを見ている。
その表情を少し困ったなと言う顔でハルトが横目で見ながら言った。
「もしもさ、原始時代にポンっとハンマーが原始人の前に表れて、それを拾ったとする。名前も用途も知らないハンマーを手にした。その時に獲物が目の前に現れたらきっと手にしたハンマーを振り下ろす、硬い木の実が落ちていればハンマーで叩き割るだろ?」
「そうだろうね、それが何?」
「だから、物の名前や用途が解らなくても大抵使い方は見た目から予想できるんだよ。それは人も同じで、ヒカルを見てその使い方が分かる、使ってみたい連中が集ってくる。そんな道具を待っていたんだーって感じで」
「何その新しい人権侵害表現は!」
ぷりぷりと怒るヒカルの周りで笑い声が起こった。
皆の笑い声の響く中ハルトは、帰ってきた父さんと婆ちゃんが、皆と一緒にお節を嬉しそうに口へ運ぶ姿を脳裏に浮かべていた。
そんな気持ちが裏切られるとは想像もせずに。
ソウゴが簡単にハルトのおばぁちゃんの件ミズキ達に説明すると、御節を食べつくし、遣ることの無くなった今の状況に打って付けとばかりに話が進み、ハルトの気乗りしない心中を慮ることなく皆、二階の父さんの部屋へ向かった。
ハルトは渋々皆の背中を追って二階へ上がった。
暫く主人の立ち入らなかった父さんの部屋は時間の流れが止まったままだ。
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