第12話 事件報道 1

「私は今、殺人事件の起きた現場に来ています。この穏やかな市営団地の一室で悲惨な殺人が行われました。しかも、幼い幼時に対して母親がその矛先を向けると言う悲惨な事件が起きました」沈痛な面持ちでレポーターが告げた。

 カメラアングルがありきたりな団地の風景を次々に映した後、再度レポーターにカメラが戻った。

「犯行が行われたのは、昨日の午後六時頃のことです。警察に入った一本の電話から発覚しました。その電話の主はこう告げたそうです。[娘を殺しました]この通報により警官が駆け付けると、3歳の女の子が圧殺されていたそうです。いったい何故この様な痛ましい事件が起きたのか、またどのような家庭環境がこの事件の引き金となったのか、近所の人々にお話しを伺いました」


 映像がVTRへと切り替わる。

 首から下を映され、音声を変えた近所の主婦が語った。

「仲の良い家族でしたよ。よく四人で出掛けて行くのを見ましたし、兄弟で仲良く公園で遊んでいましたしね。こんなことになって本当に信じられないですよ。亡くなったのは妹さんの方でしたよね?」

 主婦の背後に見える玄関口の雰囲気はどうやら事件の有った団地と同じものの様だ。

 レポーターがそうですと、主婦の質問を肯定すると主婦は重大な秘密を明かすように小声で話を続けた。

「よくは知らないのだけど、妹さんの方はなにか精神病って言うのかしら、そう言うのが有ったみたいでね。とっても手が掛かるって聞いたことがあるのよ、だからお母さん子育てに相当滅入っていたんじゃないかしら。そういうのが積もりに積もってじゃないのかしらね」

 話しが終わると次の証言VTRがすぐに続いた。同じ様なカメラアングルで先程とは別の主婦が話し始めた。

「私の子は亡くなられたお子さんと同じ幼稚園に通っているので、実際に何度もお母さんにお会いしているのですけど、優しそうな方でとてもそんな事をする様には見えませんでした。娘さんの事をとっても心配していらっしゃって、幼稚園に送った後もしばらく園の外から様子を伺っている姿を何度も見掛けました。本当に今回のことは信じられません」

 VTRが終わりレポーターへと画面が戻った。

「近所の方からお話しを伺いました。亡くなられたサクラちゃんには発達障害があったようです。そのことについて高神被告は非常に心配していたようです。その心配が心労へ変わり、犯行の動機へと変わって行ってしまったのかもしれません。もしくはサクラちゃんの将来を憂いての愚決であったのか。警察による取調べが続いています」


 画面がスタジオに移る。神妙な面持ちのコメンテーター達が映され、その中で席のプレートに経済アナリストと書かれた男が口を開いた。

「最近はこう言った未熟な親が多くなったね。困難な問題に行き当たると短絡的に解決の方法に死を選択してしまう。それは解決ではなく、問題の放棄でしかありえない、逃げているだけだと気がつかないんだよね。親がまずは大人に成りきれてないんだよ」

 そう言い放つといかにも遺憾だと云う表情を司会者に向けた。

 司会者はその視線を受けると、どう思われますかとプレートに教育評論家と書かれた女に話を振った。

 女は手元の資料に目を落とし語り始めた。

「確かに死を持って問題を解決するのは最低だと私も思います。障害を持って生活を送る家庭は沢山あります。障害の症状や病症は人それぞれですが、全ての方がそれに向き合い一生懸命に生きていらっしゃいます。そういう方達への冒涜でもあると思います。障害を持った方達が助け合うコミュニティーが今は確立している時代なのでね、一人で悩まずに同じ境遇を持った仲間を見つけて相談して欲しいですよね。必ず死以外の解決方法が見つかったはずですからね、そう言う意味でもやっぱりまだ、未熟だったのでしょうね」

 司会者は黙って頷いている。女は話しを続けた。

「それと残された家族がどうなってしまうのか心配ですよね、お兄ちゃんが居ましたよね?九歳でしたっけ。まだまだお母さんの愛情が必要な年頃ですよね。こんな事件を起こしてしまったら残された家族がこれからの人生をどんな思いで送って行くのか、それを少しでも考えることが出来ればきっと、思いとどまることが出来たはずですよね。ちょっとしたボタンの掛け違いが最悪の結果になってしまった。本当に悲しい事件だと思いますね」

 女は熱を持って語り司会者に返した。

「この様な悲しい事件が二度と起こらないことを願うばかりです」

 神妙な顔で締めくくり、次のニュースに移った。

 画面には芸能人カップルが空港を並んで歩く姿が映し出され、先程までの報道など無かったかの様に一瞬でスタジオの空気が変わり、コメンテーター達の笑顔が画面の中で揺れている。 


 テレビ映像を観ていたのか、テレビ表面のガラスを見ていたのか、視覚に意識が集中せず、どちらかの気もするが、どちらでもないような気もする。ただぼんやりと視線をテレビに向けていた。しかしその反面、聴覚は過敏な状態でテレビのボリュームはさほど大きくは無いのに、スピーカーに耳を直接押し付けてられているように頭に音が響いた。うるさくは感じない。ただしっかり聞けよと耳元で話しをされている様な感覚だ。

《しっかり聞けよ。お前の事件なんだ》と。

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