第55話 龍宮楼だよ

 三人は月明かりを頼りに歩く、駐車場へ続く小道とまた別の小道へとエジマは入って行った。湿った落ち葉を踏みながら歩みを進めると石段へと道は変わる、登りきると沢にかかるアーチ状の石橋に至る。

 先程までの雨が沢を賑わせている。

 せせらぎが消える頃には江戸時代を思わせる木塀が表れた。暫く木塀に沿って歩くと藥井門がその幽玄な姿で迎える。門の脇には木の板が掛けられ本願寺と記されている。   

 門をくぐると石灯籠を左右に配した石畳が本堂へ続いている。玉砂利を月光が白く染めている。月夜に佇む本堂の趣は彼岸と此岸との堺を無言で醸す。それを横目に脇の路地を進んで行く。

 本堂裏手の木戸を抜けると竹林が広がり、海風に揺れる笹から飛沫が舞ってくる。

 抜けた先は先ほどの沢の上流に当たるらしい。

 深めの谷に掛かる橋には朱の欄干が設けられ柱には金色の擬宝珠の意匠があしらわれている。足元の暗い橋の中央を渡り終えると先程から暗がりに潜む建物の末端が闇から覗く。見上げる程の楼閣な建造物だ、昭和初期頃の木造建築だろう、屋根などの見える範囲では神社仏閣を思わせる宮造りの様な様式だ。

 エジマはここで待っていてねと二人を待たせると建物へと入って行った。

 暫くもすると建物中が瞬いて輝いた。月の光を小さくばらまいたように黄色く淡い光が建物全体を闇に浮かび上がらせた。反り屋根の軒下には吊灯籠が等間隔に並び、黄色い電燈が揺れながら灯っている。

 橋の四方に配置された朱の置き灯籠にも火が灯り一帯の闇を除けて、橋の燃えるような赤を際立たせた。四階建て程の建物の全ての部屋から灯りが零れている。部屋の窓は全て木製の木枠で様々な板ガラスがはめ込まれている。花の模様の掘られたものや緑や黄色のモザイクガラスなどレトロな装飾が施され色を変えて輝いている。

 エジマの手招きで大きな木組みの引き戸を抜けて玄関に入ると杉の木をそのまま倒して使用した框が迎える。その先には梅の木に鶯と言うデザインの衝立が置かれ、その後ろは広間になっている。受付の様なカウンターがあり、その前には重厚な赤茶の皮ソファーが向き合って四組置かれている。天井を見上げると吹き抜けていて、梁が随分と先に見える。吹き抜けを囲む様に各階の廊下が面し、暖色の光が行燈から放たれている。

 上空に目を向けたままレイは吐息をはくように此処は?と尋ねた。

 エジマは『龍宮楼』。

 元旅館だよと言って両手を広げた。

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