第3話 幼馴染と潤滑油

 休憩前と変わらず人の波は尽きることなく寄せ、人工の光と闇がせめぎ合いを続けている。きっと人は無意識に闇を恐れているのだと思ってしまう、明けない夜がくることを恐れて毎日を送る。もしもその日、そのときが大晦日の夜であったなら夜が明けないどころか、世が明けないのだから弱い人間達は集まり、身を寄せ、必死に闇を照らし自然の摂理の理不尽に対抗しているのかもしれない。

 そう思うと、この人波にも意味があると思える、けど俺はその波に打ち上げられた異物でしかない。俺がここにいる意味など本当は無いし、ここにいるのが俺である必要もない。


 横断歩道の信号に合わせ、機械的に赤色灯を上げ下げし除夜の鐘の音色に何も感じなくなった頃、不意に脇腹を突かれた。

 そちらを向くと桜をあしらった着物姿の悪戯な笑顔を湛えたヒカル。

 その横に、ヒカルに腕を組まれて迷惑そうにしているミズキ。

 後ろには頭一つ出た、人混みが明らかに不満と言う顔をしたソウゴ。

 その後ろにいつものようにソウゴの大きな背に隠れるようにレイが立っていた。

「お勤めご苦労様です」

 場違いなヒカルの挨拶をどうもと軽く流し、

「皆も初詣?立派な社会の歯車として機能しているな、関心関心」

 嫌味の一つも交えて言うとミズキが答えた。

「あんたが社会の歯車としてしっかり回っているかどうか見に来ただけよ」

 強い口調で言い返される。ミズキはジーパンにダウンジャケットと言った男の子みたいな恰好を相変わらずしている。口が悪く初対面の人には人間性を誤解されることも多いがミズキは喜怒哀楽の表現が素直な女の子だ。

「回ってなければ油でもかけてやらなくちゃと思って」

 そう言ったミズキの後ろでソウゴが革ジャンのポケットから小さな植物油のボトルを覗かせている。

「あっ、グルグル全力で回ってます。当分注油は大丈夫そうです」

 素直すぎるのも冗談との境界があいまいでときに心配になるが、警備員の制服の胸を張った。

 「どうよ、俺の社会の歯車っぷりは?大きいか?」

 江島さんの言葉を引用して聞いてみる。

「大きいか小さいかで言ったらあんた相当小さいわよ、ミニ四駆にも使えないくらい。末端部品ね。完成して正常に動いているのに一つ部品余っちゃってるよーみたいなヤツ」

 ミズキは黙ってさえいれば美人なのにとよく思う。俺の本心としては社会の歯車になどなりたくは無いのだから、末端部品の表現は喜ばしいことなのだが、同じバイトをし、大きな歯車になりたいと豪語していた江島さんの立場になるとそれはなんだか残酷だと感じた。

「アリガトウ」

 片言でいじけて返すと、ヒカルは制服が似合っているとか、寒い中頑張っているとか、赤色灯がライトセーバーみたいでカッコいいとか一通り褒めてミズキが落した俺のモチベーションを上げてくれた。

 ミズキとヒカル、真逆の性格だからこそ、この二人は気が合うのだろうし、俺達の友情のバランスも保たれているのかもしれない。

 四人は本当に俺を見にきただけのようで横断歩道を渡らずに高幡不動尊とは逆に向かって歩いていった。彼らにとっては年に一度神や仏に祈るより、普段見られない友のバイト姿を見るほうが重要なようだ。去り際ソウゴが何も言わず俺の肩にポンと触れ、油のボトルを手渡して来た。その後でレイが何も言わずに会釈をして去っていった。言葉にはしなくとも二人が頑張れよ、頑張って下さいねと言っているのが聞こえた。渋いなソウゴ、レイ、と二人の関係が羨ましく思えた。


 そんな彼らが俺の唯一の友達だ。居るのか居ないのか分からないものを、居たとしても誰も救わないものに祈るよりも、今居る人間を心から信じる方がよっぽど救われる。

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