第6話 正月の空腹

         


 差し込む光の眩しさに、閉じた瞼を更に強く閉じる。昼の日差しは冬と言えども強く、眠りを妨げるには充分過ぎるほどだ。

 抗うのを諦め、瞼を開き、枕もとの携帯電話を手に取り開く。時刻は12時32分を表示していた。三時間程しか寝むれていない、起きる理由も無いのに時間を確認することが無駄だったと悔やみ、携帯を放り投げて布団を頭まで被る。

 布団の中で暖かい空気を深呼吸して全身の力を抜いた。その真逆携帯がさっき放ったことに対する抗議のように力強くベルを鳴らした。

 布団から腕だけを出して携帯を布団の中に連れ込んだ。人工的な光が布団の中で白く広がる、液晶には婆ちゃんからのメールを知らせる表示が点灯している、メールを開く。

『新年あけましておめでとうございます。どうせ正月らしいことなんて、してないでしょうから餅でも食べにきませんか?』

 と書いてあった。なんでか婆ちゃんはメールだと俺に対しても敬語だ。

 婆ちゃんは去年の五月、腹痛を訴えて入院し大腸癌が発見された。俺と父さんが医師に呼ばれ余命半年と宣告された。抗癌剤を使用しながらでも持って一年。突然の事態に俺達が素直に事態を受け入れることができず、結果婆ちゃんには癌だって事実しか伝えていない。爺ちゃんも大腸癌で亡くなっているらしい、自分と同じ病気の爺ちゃんを看取っている婆ちゃんだから自分の癌の進行も言わなくても判っているのかもしれないと父さんは言っていた。

 俺が見舞いに行くといつも飄々としていて、そうだろうか?と思ってしまう。

 定期的に抗癌剤治療の為に入院をしていたが今回は年末の21日から婆ちゃんは体調を崩し入院している。この家には俺一人だ、当然『正月らしいこと』に当てはまる行動は思い当たらない。(除夜の鐘だけなら人一倍聞いているが)

 母さんとサクラが居なくなってからは父さんと婆ちゃんとこの家で暮らしている。

 父さんは仕事で海外にでることが多く、去年の五月に婆ちゃんのことで帰ってきて以来一度も帰ってきていない。韓国だか中国だかに行くと言っていただろうか?朧気だ。正月など関係なしだ。母さん達が居なくなってからは更に仕事に没頭している。立ち止まっている時間が嫌な様にも、少しでも時間を早く進めようとしている様にも見える。この家が母さん方の両親の家だから若干の居心地の悪さがそうさせるのか?とも少し大人になってからは思うこともあるけど、実際に父さんからそのことについて聞いてみたことはない。

 そんな状態だからほぼ、婆ちゃんとの二人暮らし同然だった。

 婆ちゃんが入院してからは日々の飯さえまともなものを口にしていない俺が餅など食える道理がない。

 餅か、餅食べたいな、焼いた餅を海苔で巻いて醤油をつけて・・・

 布団を剥ぎ取り飛び起きる。

 身を強張らせ、寝巻きから着替えを済ませた。

 餅を食べる。それを原動力に身支度を進める。

 婆ちゃんが入院するまでの正月は、俺の前にも人並みに正月料理が並んだし、普段レトルト料理で飢えを凌ぐことも無かった。ましてや餅が真冬に布団から飛び起きる原動力になることなんて考えられなかったことだ。そんなことで今は心が躍る。日々の寂しさがこんなところに現れる。父や母が居なくても婆ちゃんが居れば淋しいなんて感じることは無かったのに。俺が感じなかったと言うよりは、婆ちゃんが淋しさを感じないようにしてくれていたのだけれど。父と母、二人分を補ってきた婆ちゃんが居ないのだから淋しさを感じることが自然なことで、これから永遠に戻らないのかもしれないのだから考えないようにしても心を乱す、平常を装っても頭に浮かんでくる。

 俺にとって婆ちゃんは、ある意味父さんであり、母さんなのだから。婆ちゃんを失うことは三人を同時に失うことと同様だ。そのときが来たなら俺はどうやってその事実と向き合っているのだろうか、母さんとサクラが居なくなったときには婆ちゃんと父さんが居てくれた、今度は父さんと二人だけで向き合わなければならない、正直今から心細かった。今まで婆ちゃんと過ごした時間が楽しかっただけに強くそう感じる。

 婆ちゃんは見識が広く博識だ。

 よく近くの山に登っては野草や木の実やキノコの食べられるもの、頑張れば食べられるものを教えてもらいながら採った。

 学校の授業には拘らず、

「興味のあること、得意なことに、とことん打ち込めばいい。苦手をいくら一生懸命頑張っても普通にしかならないからね」よく言っていた。

 学校の教科を強制することは無かった。その分俺の興味の対象には積極的で何でも手伝ってくれた。あの時もそうだった。

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