第59話 幸せの在り方
「ふふっ、増田さんも満更でもない様ですね」
「い、いや? 俺は別にどちらでも良いのだが俺のことを義理でも父親と思ってくれる祈の願いだから吝かではないだけだ。うん。別にそこに疚しい気持ちなど一欠片もない」
「目が私の太ももを見つめていますが?」
「……気のせいだ」
「膝枕」と言う素敵ワードに唆られてしまった増田は祈のその若く程よく肉付きの良い細めな魅力的な太ももに釘付けだ。
祈にその事を指摘されるがどうしても自分が「膝枕」をしたいなどと思われたくない増田。どうにか威厳を保とうとする。
「増田さん、大丈夫ですよ?」
「ん、んん。何が大丈夫なのかな?」
「だって川瀬先生が増田さんは"太ももフェチ"って言っていたじゃないですか。増田さんは太ももがお好きなんですよね?」
「……がふっ」
増田の近くに寄る一ノ瀬は縋るように上目遣いを使うと自分が着ている緑色の和服のメイド服のスカート部分を少し捲る。
そんな一ノ瀬の言葉とアラレもない姿(太もも)を見た増田は吐血をする……様に蹲る。
「大丈夫、大丈夫です。ここには増田さんと私の二人しかいませんし、他の方にこのことは口外しませんので」
「だ、だとしても、その、俺の威厳が……」
「もう! これは私の、弟子の……そして娘の頼みなんですよ? お父さんは私のお願いを聞いてくれないの?」
「……よし、聞こう。ああ、聞こう。君の願いだ。娘の願いだ。うん、そうだ。これはなんにもない。ただの弟子とのスキンシップ。或いは娘との戯れ」
一ノ瀬の口から出た「娘」と「お父さん」と言う単語を聞いた増田は自分の考えを訂正して一ノ瀬の言う事を素直に聞くことにする。
「じゃあ、ほら。お父さん私の膝の上に頭を置いて?」
「う、うむ! で、では、失礼する」
増田も色々と葛藤はあった。だがそれでも目の前の誘惑には勝てない。目の前にある手を伸ばせばすぐにでも触れる太もも。心の奥底では他の人に見られないなら良いかと言う安楽的な考えも無きにしも非。
「お父さんどう……とは聞かなくても大丈夫みたいだね」
「……」
一ノ瀬の言葉の通り増田の顔は穏やかだった。
一ノ瀬の太ももに自分の頭部を置いた増田は何も言わない。天に召されてしまった様な穏やかな表情を浮かべると目を閉じて胸の前で両手を組む。
あぁ、ここが
変なことを考えている増田だがわかりやすく言うなら最高と言う意味。
「喜んでもらえたなら、良かった」
「……夢は、叶った?」
一ノ瀬の表情を見た増田は片目を開けると一ノ瀬の言葉に合わせるように次に言う言葉が決まっていたと言うようにそんな言葉を口にする。その姿はさっきまでの変(態)な態度が嘘な様に見えた。
そんな増田の言葉に少し驚いていた一ノ瀬。でも直ぐに表情を戻す。
「……はい。もう一生叶わないと思っていた私の一つの夢が、叶いました」
増田とて本当は欲望に身を任せて一ノ瀬の願いを聞いていたわけではない。初めから一ノ瀬の願いを叶える為に身を任せていた。
そんな増田の髪の上に優しい手つきで自分の手を置く。
「私、昔お父さんによくこうやって膝枕をしてもらっていたんです。私が小学生の頃の話なんですけど。でも大きくなったら"いつか"お父さんに逆に膝枕をしてあげたかったんです。けど……その"いつか"も来ることがなくて……」
「俺はそんな代役をしっかりとやれていたかな?」
「はい、はい。増田さんは十分私の期待に応えてくれました」
「それなら、良かった」
二人はそう話すと暫し、無言の時間を過ごした。ただその時間は居心地が悪いものではない。逆にどこか心地よい時間だと二人は思えた。
「……ここでなら、本音で話してもいいと思う」
「え?」
片目を開けた増田は一ノ瀬に問う。
増田の問い掛けになんと答えたらいいか分からない一ノ瀬。
「なに、祈が言ったんだろ? ここは俺達の二人しかいない、と。なら言いたいこと全て言っちゃいなよ」
「わ、私はもう大丈夫ですよ?」
「それでいいなら俺は構わない」
「……」
増田の言葉を聞いた一ノ瀬は顔を俯かせてしまう。下から一ノ瀬の顔を見れる増田だったがその顔を決して見ない。
「……本当は」
「うん」
ただ少しするとぽつりぽつりと口を開く。
「本当は本当のお父さんが良かった。目の前に増田さんがいるのに言う言葉ではないのは分かっていますが、お父さんが、良かった」
「うん」
そんな一ノ瀬の言葉に頷く。
「お父さんのことを吹っ切れたなんて嘘なんです。今でもお父さんが亡くなったことが悲しくて悲しくて悲しくて……胸が張り裂けそうな気持ちで一杯なんです」
「うん」
片手で自分の胸を押さえる一ノ瀬の表情は何処か苦しそうだ。
「この気持ちにどうにか蓋をして忘れようとしましたが、忘れられません。死に際のお父さんの顔が頭の片隅に過ぎって離れないんです。私はダメですよね」
「そんなことはない。君は強い」
「ありがとう、ございます」
増田の優しい言葉を聞いた一ノ瀬はくしゃりと顔を歪ませる。
「あの時から、泣かないって決めていたのに。涙が、止まりません」
その目からは涙が溢れていた。
「会いたい、会いたい、会いたい。会ってまた話したい。これまでのこと、これからのこと。私の成長した姿を見てほしい……!!」
心の底から亡き父親と会いたいと思っているのか思いの丈を告げる一ノ瀬。
「……」
なんて声をかけたらいいだろう。「頑張ったね」「大丈夫だよ」「辛かったね」……違う。そんなありきたりな言葉は今は必要としていない。なら俺が今彼女にかけられる言葉は……。
「幸せだったと思う」
「!」
頭に浮かんだ言葉を増田は口にしていた。
「俺は君のお父さんではないし、君のお父さんがどんな人かわからない。けどこれだけはわかる。君の様な娘がいて、最後まで看取ってくれて君のお父さんは幸せだったと思う」
「……はぃ」
か細い声を出す一ノ瀬は増田の髪の毛の上に置いていた手で増田の髪の毛をくしゃりと握る。
「俺も死後の世界などわからない。だけど君のことをお父さんは見守っている、と信じる。そう考えた方がなんだかロマンチックじゃないか?」
「はい」
まだ色々な葛藤がある一ノ瀬に対して少しでも軽くなる様にあえておちゃらけた様に話す。
「それに辛い思いや悲しい過去を乗り越えることだけが全てじゃない。そんなことを全て踏まえて今、君がここにいる。なら一生懸命、一生懸命生きて君が君のお父さんの娘だったことを自慢できる様に頑張ればいいと思う」
増田はそう言うと右手を伸ばし、一ノ瀬の涙で濡れた髪の毛をそっと除ける。
そこには涙を流しても何処か憑物が取れた様な表情を浮かべる一ノ瀬の顔が見えた。
「はい、は、い。私頑張ってみます」
「うん」
「私、お父さんの分まで頑張ってこれからも生きます」
「うん」
増田の相槌を聞いた一ノ瀬は泣き顔をメイド服の袖で拭う。そして不格好にそれでも確かに一ノ瀬は笑みを見せる。
「……私、わたし、増田さんと会えて良かった。ありがとう……
そんな一ノ瀬の顔は今までで一番輝いていたと思えた。
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