第69話 老執事、田中



「……」


 東堂家の執事長田中という人物。

 

 執事特有の紺色の燕尾服。手入れされた綺麗な白髪。それでいて老を感じさせないしっかりとした佇まい。そしていかにも優しそうな朗らかな笑み。


 どれを取っても完璧な執事そのものだろう。まぁ、執事だから当たり前なのだが……ただ増田はどうしても言いたいことがある。それは。




      【お前、誰やねん】




 その一言だった。増田とて目上の方に使う言葉使いではないことは承知の上だ。だが今だけはどうにか許して欲しい。



 ダメだな。色々とツッコミたい。まず前提的な話東堂家ははずだ。東堂さんが男嫌いということもあり男がやる執事は東堂家では取らないと『ルサイヤの雫』の公式ホームページからも書かれていたから間違いない。なのに執事を通り越して……執事長だと? 一体全体どうなってる……。


 追いつけない沢山の情報量で頭がパンクしそうな中考える。そんな中老執事田中は増田が色々と考察をしていることを知ってか静かにじっと増田の言葉を待つ。 


「えっと、まだ少しこんがらがって考えが纏まりませんが。田中さんは東堂家の執事長で、俺を向かいに来た、と?」

「はい、そうでございます。ただわたくしのことは敬称を付けずに田中で、大丈夫ですよ?」


 増田の言葉にニコッと笑う田中。


「いやーさすがに目上の方に敬称を付けないのはちょっと……慣れるまで田中さんで」

「左様でございますか。わたくしも強制するつもりはございませんので増田様のご自由に」

「はい。あ、俺のことも増田でいいですよ。様付けはちょっと……」


 自分のことを年上から様付けで呼ばれるのは少し気恥ずかしいと思った増田。


「いえ、これはわたくしのポリシーに反しますので、ですのでどうかご容赦を」

「いや、でもー……」

「(ニコ)」

「うっ……」


 人のいい笑みで返されてしまう。そこに是が非でも増田のことを敬称を付けるという意地があるように思えた。


「わ、わかりました。田中さんのご自由に」

「ありがとうございます」

「……」


 田中から少し醸しでる圧に耐えられなかった増田は折れる。最後に少し嫌味の意味で田中と同じ言葉を使う増田だが、その見透かしたような目で見られお礼だけを言われる。


 なんか、やりづらいな。


「増田様。お話も宜しいですがこの場所も少々気温が高く、増田様のご到着を皆様もお待ちしておりますので、こちらに」


 そう言いながら増田に案内しようとする田中。田中が向かう先にはリムジンが停車していた。


 ……慣れって怖いな。本来ならリムジンのような高級車を目の前で見たら驚くものだが……何度も乗っているせいか驚きがない自分が一番怖い。


「田中さん。車に乗る前に聞きたいことがあるんですがいいですか?」

「はい、如何しましたでしょうか?」

「あの、今回の企画を提案したのって誰ですか?」

「……申し訳ございません。わたくしのような一介の執事からは、何も」

「……皆様って、誰がいるんですか?」

「そちらもわたくしの口からは」

「……」


 何を聞いても黙認されてしまう。


 誰が俺を誘ったのかとか、計画を考えたのかとか予想は付くけど……徹底してるな。


「じゃあ、麗奈さんと若菜さんは今から行く場所にいますか?」

「……それ、は……」


 増田の質問に初めて難しい顔を作る田中。


 おっ、いけるかな?


「……そうですね。お二人はいません。御当主様の麗奈様とそのご友人の若菜様は多忙なようで。なのでわたくし目に増田様達の引率を務める白羽の矢が立ちました」


 ヘェ〜、あの二人はいないのか。てっきり麗奈さんか若菜さんのどちらかがこんなくだらない企画を考えたのかと思っていたけど……琴音ちゃんかな?


 そんな少し辛辣なことを内心で考える。


「そうですか。でも田中さんも忙しいでしょうに、申し訳ありません」

「いえいえ。わたくしも仕事ですので。これで少し羽が伸ばせれば本望でございます。なのでこの代役、頑張らせて頂きます」

「……わかりました。俺も色々と疑ってすみません」


 そう言うと二人は朗らかに笑う。


 その後も一言、二言話すと田中の誘導のもと増田がリムジンに乗り。田中の運転の元にみんなが待つ場所に向かう。




 






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