用務員とサマーバケーション!

第68話 プロローグ



 

 サザー、ザザー。波の音が聴こえる。遅れてやってくる潮風の香り。

 地平線が見える大海原。辺り一面を覆う真っ白な砂浜。そして雲一つない青空。顔を刺すように温かい太陽。



  8月13日。



 夏も後半を終え、世間はお盆に入る時期。地方からお盆前りにくる人々でどこもかしこも混んでいる。


 そんな中一人の男は日光浴をする様にパラソルの下優雅にデッキチェアに仰向けになっている。

 男の格好は「人生100年時代」と書かれた白のTシャツに紺色の半ズボン。カッコつけているのか黒のサングラスなんかも付けている。



「──あぁ、最高。仕事から解放された一人の時間ってこんなに充実してたっけ」


 近くに置いていた飲み物が入ったグラスを手に持ち喉を潤すと一人、呟く。

 

 そんな男は言わなくてもわかるだろう。増田この人だ。



 この頃本当に色々と忙しかった増田。そんな増田は今一人でバカンスを堪能していた。


 増田は一人の時間を作ることなど到底無理だと思っていた。ただ無理だと思っていながら休暇届けと共に一人で出かける旨を麗奈に伝えた。すると「別にいいわよ」と軽く承諾された。

 そんな呆気なさに逆に怪しんでしまう増田だがなんでも疑うのも悪いと思い麗奈の御好意をもって晴れて一人の時間が作れた。勿論麗奈以外には自分の居場所は伝えていない。


 この場所には増田一人しかいない状態だ。



 そんな増田が今いる場所は静岡県の伊豆……の様な場所に似た浜辺だった。


「……『ルサイヤの雫』が日本の舞台を似せて取り入れてくれて助かった。知っていたからこそ逃げ……ここに来れたからな」


 そんなことを安心し切った声音で呟く。


 今増田の口からも出たが『ルサイヤの雫』は増田がいた日本を舞台にされていた。なので今増田がいる様な「静岡県の伊豆」に似たような場所が他にも何箇所かある。


「みんなには悪いかもしれないけど、このお盆の間は俺一人の時間にさせてもらうわ。誰も邪魔は入らせんぞ」


 そんなことを心に誓う増田は疲れた羽を休めるように伸びをする。



 みんなは夏と言ったら何を思い浮かべる? 海、花火、夏祭り? はたまたポケ◯ん? 俺は「自由」の時間だと思う。


 じゃあ逆に人生に必要なものは何だと思う?


 それも「自由」だ。


 子供の頃は大人になれば何でもできる。自由になれると俺も思っていたがそうはならない。俺の前世?の様に色々な柵が生まれ雁字搦めにされていずれ俺のようにつまらない人生を送る。

 

 ただ自由になるには自分から何か行動を起こすことだ。それが今だ。

 俺はなにかと言って相手に合わせたり相手に申し訳ないと思って後者に出ていた。そして自分がやりたいことをやらなかった。そんな俺はこの夏は違う。この夏は後先など考えずに「サマーバケーション」を堪能しようと思う。


「ふ、ふふふ。後の事など知るか。今の俺は最強だ。さて、海も堪能できたし時間もあるから一度旅館に戻るかなぁ」


 増田は寝っ転がっていたデッキチェアから起き上がる。起き上がった増田は周りを見渡す。


「……にしてもこの浜辺全然人がいないなぁ〜。アレかなぁ、近年噂のカツオノエボシなるものが発生したとか?」


 そんなことを呟きながらも旅館に戻る支度をしてその足で戻る。   



 ◇



 ──とは問屋が降りず。



「お待ちしておりました増田様。わたくし田中たなか。以後お見知り置きを」

「……はい?」


 浜辺から立ち去ろうとした矢先いきなり声をかけられる。声をかけてきた人物の格好は海とは不釣り合いの姿だった。

 絵に描いたような。それもからそんなことを言われた増田は素っ頓狂な声を出す。


「あぁ、増田様がお泊まり予定だった旅館はこちらの方でキャンセルさせて頂きましたので、どうかご安心を」

「……」


 笑顔でそんなことを言われた増田は田中という人物の顔を見て遠い目をする。


 短くも儚い夢でした。


 ジーユーにでも行ってまともな服でも買ってくるわ。だから自由な時間をどうか。




 この先の展開など増田にもわからない。何が起こるかわからない夏休みが今、始まる。


 





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