第28話 6月の花嫁




「——端的に言おう。貴方は……比嘉洪。お前は姫乃さんに相応しくない。だから、この結婚式はお開きにしてもらおうか?」


 若造である本庄に上から目線で言いたい事を言われた比嘉は憤慨する。だが当の本人である本庄はどこ吹く風か澄ました表情で流す。


 比嘉が憤慨して周りの参列客や麗奈達がどうしたらいいか分かっていない中、本庄努だけは口を開き話を続ける。


「……あぁ、後。比嘉さん? この後僕がやる事に無駄な足掻きや余計な言い訳はしない方が良いと今、忠告をしておきますよ。見苦しい姿は僕も見たくないですからね」


 そんな事を朗らかに比嘉に伝える本庄。


「な、何を言っているのだ?お前はワシに何か出来るとでも言うと?……はっ! 馬鹿らしい!! 何かやれるものならやってみろ!!」


 ただ、何もわかっていない比嘉は本庄が今言った言葉の数々はハッタリだと思ったのか本庄を煽る。煽られた本庄は取り合う事なく肩を竦めると口を開く。


「……そうですか。なら、貴方のお望み通りにしましょう」


 本庄は比嘉の態度を見て肩を竦める。そのままポケットから畳まれた紙を取り出す。その紙を広げると……目を通し、読み上げる。


「……比嘉洪。貴方を——横領・恐喝・窃盗罪。及び暴行罪、偽造詔書行使罪……そして幼気な少女達による強制性交罪等数多くの罪を重ねた事により警視庁から比嘉洪被告に出頭願いが届いている。なので告げる。只今より、警察署にご同行願おう……とね?」

「なッ!?」


 本庄が適当な事を言おうものなら直ぐに反発しようと聞いていた比嘉だったが、本庄努が今話した数々は身に覚えがあり本当のことだった為何も言い訳などできず。徐々に徐々に顔を青ざめるとよろける。


「ぁ、あぁ、嘘、だ。それは、全部嘘だ」


 本庄の話を聞き、比嘉の態度を見た人々は一部始終を見ていた為気付く。今、目の前で起きている事はお遊びではないと。遊びでないと冗談ではないと理解できた人々から騒めきが起こる。

 ただ、その騒めきも直ぐに治る事になる。本庄の話が終わると共に東堂邸にいた警備員達が比嘉を包囲する様に動いたのだから。


 状況が未だにわかっていない姫乃は近くに来た警察官に匿われ、本庄に向けて驚きの視線を送っていた。それは麗奈や琴音もそうだった。


「……本庄努君だね。犯人逮捕の協力感謝するよ。からしっかりと話は通っていた様で良かったよ」


 本庄の目の前にやってきたやけに男前な警察官の男性は本庄に頭を下げると朗らかに伝える。


「あっ、いや、僕はじゅ……にお願いされたので動いたまでです。全ては彼の思惑通りなんですよ」

「そうか。そうだな。だが、本当に彼は何を知っているのかな。今度、聞いてみたいものだよ」

「それは、そうですね。今回の騒動も何処まで知っていたのか……」


 二人の話題の人物であるある人物について言い合うと笑い合う。


 ただ、そんな話し合いも直ぐに辞めると意気消沈としてしまった比嘉の元に本庄は向かう。そのまま耳元まで行くと話しかける。


「……だから言ったんですよ。無駄な足掻きや余計な言い訳はしない方が良いと忠告をすると、ね。罪が重なるだけだから」

「——ッ!!?」


 本庄に言われた言葉を今になって理解出来た比嘉は声にならない悲鳴をあげると本庄を化け物の様に見る。


「こらこら、本庄君? 比嘉を刺激してはいけないよ。何をするかわからないからね」

「……すみません。アレだけは伝えたくて」


 本庄を嗜める様に伝えてくる男前の警察官に本庄は反省をしていると言う様に謝る。


 二人がそんな話をしている間も他の警察官達が比嘉を取り押さえる為に近付いてくる。ただ、比嘉はこのまま捕まる様な男では無かった。


「——クッソーーーー!!!!? ワシは捕まらんぞぉぉぉ!!!!」


 比嘉はいきなり立ち上がり喚いたと思うと懐から取り出した……黒光りする拳銃を両手で持ち、人々に銃口を向ける。


 比嘉の行動を見ていた人々は、一白起き。


『『キャァァァァァァッーーーー!!』』


 悲鳴を上げる。


 完全に油断していた警察官も比嘉の突然の奇行に動けなくなる。


「はは、はははっ! 死にたくなければその場で亀の様に立ちすくんでいるんだなッ!!」


 比嘉はそんな言葉を残すと特にその場にいる人々には被害を加える事はなく後ろ手にあった非常口から逃げる。警察官達は直ぐにでも比嘉を追いかけることはなかった。これ以上に比嘉を刺激して誰かに被害が出るのを危惧したからだ。


「……僕のせいで、逃してしまいました」


 自分のせいで比嘉を逃してしまったと思っている本庄は俯き、落ち込んでしまう。ただ、男前の警察官は比嘉が逃げた事に特に気にしていない様子で本庄の肩を優しく叩く。


「まぁ、本庄君。安心しなよ。次、間違わなければいい。それに、比嘉が逃げた先には……」


 そこで言葉を止めた男前の警察官は笑みを浮かべる。


「えっ? 何かあるのですか?」


 何も知らされていない本庄は戸惑いの表情を作る。そんな本庄に「周りの警察官の顔を見てみな」と、男前の警察官に言われた為見てみると……みんなして何処か安心した様な表情を浮かべていた。


「……一体、何が……?」


 それでもわからない本庄は言葉を溢す。そんな本庄に。


「今、比嘉が逃げた先にはがいる。彼は始めからこうなることがわかっていたのだろう。だから、君のせいではないのさ。わかったかい?」

「そんな、馬鹿な。流石に彼でも……」


 男前の警察官の話を否定したい本庄だったが、何処かそんな言葉に納得してしまう自分がいた。そんな本庄は比嘉が逃げた先を見据える。



 ◇



「——ハァ、ハァ、ハァ。逃げられたか? ははっ! 警察官から逃げるなど造作もないわ! それに次、間違わなければいい。次だ。次こそ姫乃と東堂家をワシの手中に!!!」


 比嘉は東堂邸から少し離れた路地を走っていた。拳銃を片手に持ちながら走っていた比嘉は警察官達が追ってきていない事を背後を振り向き確認すると自分の勝利を確認する。ただ、比嘉は知らない。既に自分がまんまとある人物の罠にハマっている事を


「……こんな場所に人が居るとは珍しいな。ただ、なんだ? "悪事"でも働いて何かから急いで逃げている様に見えるのだが。なぁ?……?」

「——!?!?」


 そんな声が聞こえてきた先に首を向ける比嘉は冷や汗を浮かべる。それはそうだ。立ち止まった時にしっかりと周りに誰もいない事を確認したはずだった。なのに目の前には藍色の作業着を着る30歳近い男性が壁に寄りかかる様に立っていた。それは自分を待っていた様にも思えた。


「き、貴様は何者だ!! 何故、ワシの名を知っている!! 答えろ!!」


 その奇妙な人物に拳銃を向け構えながら喚く比嘉。ただ、拳銃を見ても銃口を向けられてもその人物は特に動揺を見せない。それどころか比嘉の元にゆっくりとした足取りで近付いてくる。


「ち、近付くな!! それ以上、近付くとう、撃つぞ!!」


 比嘉は恐怖からか少し過呼吸気味に叫ぶ。


「……ふーん? 撃てば? 良いぞ? 撃ちたければ撃てよ? ほら、俺はここにいるぞ?」


 だが、やはり動揺を見せないその人物はそんな言葉を告げるとなんとその場で両手を広げて「自身は無防備ですよ」とでも言いたげな行動を取る。

 その行動原理がわからない比嘉は尚、その人物に畏怖を持ち萎縮してしまう。萎縮してしまい拳銃を構える手にも力が入らない。


「……はっ、はっ、はっ、ハァ、ハァ……」


 力が入らず拳銃の標準を合わせられない比嘉はついに恐怖が限界を超えたのか腕を下ろしてしまいその場で倒れ込んでしまう。


「……俺をその拳銃で撃つのではなかったのか?」


 そんな事を話す人物は比嘉に向けて歩いてくる。


「く、来るなぁ!! やめろ!」


 完全に怯え込んでしまった比嘉は情けなくも拳銃を取り落とすとその人物から這いずり少しでも離れようとする。だが、その人物は逃亡を許さない。


「ハァ、俺は化け物か何かか? 何もやっていないのにこの怯えようは正直、心に来るな。それもお前みたいなにされると尚、なぁ?」


 その人物はそう言うと近くに落ちていた比嘉が取り落とした拳銃を拾う。拾うと比嘉に標準を合わせる。


「——ッ!!?」


 悲鳴を上げる比嘉だが、既に恐怖からか動けない。


「お前は、比嘉洪は今も昔も罪を重ねすぎた。そんなお前は死刑、ないしは終身刑だろう。辿る道が既にわかり切っているんだ。だが、当たり前だよな? それだけのことをしたんだ。それも東堂家という女性達を脅し、その脅しの材料で東堂家の御令嬢を娶ろうとはクソ野郎の仕業だよなぁ? なぁ? そうだと思わないか、比嘉洪?」

「……」


 既に何も言えなくなっているのか無言になってしまった比嘉。ただ、目だけはその目の前にいる人物に向けていた。


「それに、だ。次間違わなければいい?……馬鹿が。お前になどある訳が無いだろうが。罪もない人々を脅し。不幸にし。悠々と生きるその生き様、死して償え」


 その人物……増田純一は持っている拳銃の引き金に指を掛ける。


「さて、お前の出番はコレにて終わり。さぁ、ご退場願おうか?……なぁ?」


 増田は比嘉の最後であるかのようにお別れの言葉を告げる。


「あぁ、あアァァァァァーーーー!!?」


 最高潮に高まる恐怖と間近に迫る死に耐えられなかった比嘉はその場で気絶するように倒れると白目を剥き、よだれを垂らし動かなくなる。


「……撃たねえよバーカ。つってももう聞こえてないか」


 比嘉を見下ろしながら白けた顔を作る。


「……にしても「」、か。アレは本当に良い言葉だよなぁ。だが、何もしていないのに失神するのは流石に、同じ大人として情けないな」


 緊張感のない言葉を溢す増田は敢えて持っている拳銃を隅にあるゴミ箱に向けて撃ってみる。


「ふっ! これで、終わりだ!!……なんてな?」



      バンッ!!



「……」


 ただ、増田は放心する。それはからだ。よく見ると今、増田が標準を合わせて撃ったゴミ箱は弾丸が直撃したのか倒れゴミが散乱していた。


「いや、弾、出るやん……」


 増田はそんな事を呟き、頰を痙攣らせる。


 本来のシナリオ通りなら比嘉が持つ拳銃は玩具であり、弾丸が出るはずはなかったのだ。だが、まぁ、見ての通り実際は弾が出てしまった。


「ま、まぁ? 終わり良ければ全てよしってな? だよな? 良いんだよな?」


 誰に言っているのかわからないが増田は自分に言い聞かせる様に言葉に出すと持っていた拳銃を地面に置く。そのまま持っていた紐で比嘉が動かない様に縛り警察官達が来るのを待つ。


 エ? 今、何かあった? 何もなかったしね?……まぁ、そんな話は置いていてだな。「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ。」この言葉、本当にその通りだったわ。俺、覚悟ないしな。いや、撃ってないけどね?


 尚も撃っていないと主張する増田アホ


 さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら。最後まで締まりが収まらない増田だった。





 ただ、増田は本物の拳銃に気を取られていてその場に自分以外に人がいた事に気付かない。


「……ですか。貴方がわたくしを、わたくし達を助けてくれた本当の恩人なのですわね?」


 その人物が放つ言葉は増田には届かず、風に乗って消えて行く。

 










 

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