第63話 純愛



 ◇ 仮初塗れサイド


 小百合澤女子校のある空き教室にて。



「……そう、純一さんとは上手くやれたみたいでよかったよ。まあ初めから僕は心配などしていないけどね。純一さんは君が嘘をついていようが気にしないと知っていたから」

「いちいち嫌味臭く言うのやめてくれます?」

「なんのことかな?」

「……もういいです」


 遠足から戻った一ノ瀬と本庄は子百合澤女子校のある空き教室で今まであった出来事を話していた。


「はは、ごめん、ごめん。そうヘソを曲げないで」

「曲げてません」

 

 ソッポを向いてしまった一ノ瀬のその言葉に薄く笑う本庄。


「一ノ瀬さん。君は最後まで純一さんに気持ちを伝えなくて良かったのかい? だって君は本当に純一さんのことを──「いいんです」──……」


 本庄の言葉を遮る一ノ瀬。


「この気持ちは本物です。でも今は師匠と弟子の、父親と娘の関係が何処か心地よいんです」

「そう。君がそう決めたなら僕からは何も。ただ後悔はしない様に」

「わかっています」


 本来なら一ノ瀬も少しおふざけな感じに「本庄君も増田さんに想いを伝えなくていいんですか?」などと伝えようと思っていた。でもなんとなく自分と似ていると思った一ノ瀬は何も言わない。


「……ありがとう」

「……なんの話ですか?」

「いや、こっちの話だ。あまり気にしないでくれ」

「そうですか」

 

 一ノ瀬は本庄の「ありがとう」という言葉に適当に返した。けどそれが何を示すか知っている。


「この関係も、仮初塗れな関係も終わりかな」

「……そんなことはないですよ。私は別にこのままの関係でも」

「もしかして、一ノ瀬さんは僕のことを──「寝言は寝てから言ってください」──手厳しいな」


 一ノ瀬のキツい言葉に頰を掻く。


「私が好きになる人はこの世に一人だけです。それに私が本庄君にこのままの関係を維持するという意見を伝えた理由がわかるでしょ?」

「うん。ただ君がそこまでする理由が……」

「仮を借りっぱなしなのが私が嫌なだけです。それとも本庄君は増田さんに?」

「……いや、ごめん。このままで」


 一ノ瀬の言葉に勝てないと思った本庄は白旗をあげる。


「わかればいいんですよ」

「君は優しいな」

「そういうの気持ち悪いからやめてください」


 そう言うと一ノ瀬はそっぽを向く。


「ははっ……ありがとう。ありがとう。これからも宜しく」

「……こちらこそ」


 純粋な笑みを見せて笑う本庄に対してやはりそっぽを向いたままの一ノ瀬は適当に返事を返す。


「じゃあ、僕はもう帰るけど……一ノ瀬さんは?」

「私は少し。まだ少し、ここにいます」

「それは……わかった。ただ遅くなる前に帰りなよ?」

「本庄君はお母さんですか」

「……ううーん、妹にもよく言われるなぁ。わかったよ。じゃあ、またね」

「はい、また」


 そうお互いに挨拶をすると別れる。


 本庄は帰路に。一ノ瀬は空き教室に残り。



「はぁ、本庄君も本庄君で大概めんどくさいですね。……私が言えたことじゃないですけど。ただ他の人に構っている暇はないのです。今は愛沢さんや東堂さん貴方達に増田さんの隣を譲りますが、いずれ私が……」


 その顔は何か決心を決めた様な表情を浮かべていた。


「言いましたよね。私は悪い子なんです。嘘つきなんです。それに、それに知っていますか。お茶の花言葉のの意味を」


 窓から見える夕暮れの空模様を眺める一ノ瀬。夕暮れに負けないぐらいに頰を赤く染めると言葉を紡ぐ。


「お茶の花言葉には「追憶」そして……「」という言葉があると」


 謳うように呟く。



「ねぇ、増田さん。私は貴方と出会ってからずっと貴方のことを……心からお慕い申しております」


 増田には伝えなかった二つ目の花言葉を口にし、想いを馳せる。




 「純愛」それは好きな人に贈る言葉。



 多くの日本人がやまないお茶。その様子を花言葉に変えた言い方だとか。



「……それに良いことも聞いてしまったので今度増田さんに……」


 さっそく何かを企む一人の恋する少女は妖しく微笑む。




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