第7話 ギルティ・ノット・ギルティ
◆
増田と琴音の二人は理事長室のドアの目前まで来ていた。あまり乗り気では無い増田は理事長室を開ける度胸や勇気がまだ持てていないのか少し立ち往生して。
そんな増田に特に何をいうでもなく琴音はニコニコとした顔を向けるだけ。
「……」
き、緊張するな。元の世界の会議に出席する時でもこれほどの緊張感は無かったぞ。まぁ、今はそんな弱音を吐いてられないか。琴音が俺の為にセッティングしてくれた訳だし、それにこれが上手く行けば俺の無実が証明されて晴れて不安のない元の生活だ。
無言で深呼吸をした増田だったが、内心で決意を新たに決め。隣斜めに立つ琴音に目配せを送る。
「?……!!」
視線を向けられた琴音は増田の考えを理解すると頷いてくれる。
どうやら琴音も増田が今から理事長室に入ることをわかってくれた様だ。琴音に目配せをした増田は理事長室のドアを「トン、トン、トン」と、三回ほどノックする。
どの個室もそうだと思うが、相手側から許可が貰えるまでドアを開けるのは絶対にNGだ。俺も若い頃はノックせずにお偉い方の部屋に入り、怒られたものだ。
そんな元の世界で体験した昔の懐かしい記憶を思い出しながら中の人、東堂理事長達から許可が出るのを待つ。
すると、直ぐに中から『どうぞ』という声が掛けられる。どうやら不在ではなく、琴音の言う通り理事長は居た。
「──失礼します」
中に入る前に身嗜みを整え、増田は室内に足を踏み入れる。
「失礼します!!」
増田に続く元気よく言葉を発する琴音も理事長室に入る。
理事長室の中に入り、室内を見回すと前回と同様に理事長机に理事長である東堂麗奈が座り、その近くに増田の顔を睨む東堂姫乃がいた。ただ、一つ前回とは違うのは東堂親子以外に人がいることだ。
東堂親子と少し離れた位置に小柄の女子生徒がいた。その女子生徒は綺麗な黒髪を肩口まで伸ばし、片方をおさげにしていた。片目を隠す姿がとてもミステリアス。高校生にしては小柄な背丈、守ってあげたいと思わせる小動物感を出していて増田はついついそちらに目線が行ってしまい頰が緩む。
「──純ちゃん?」
ただ、そんな増田の視線の先に気付いたのか増田の真後ろにいた琴音は少し冷気を纏わせたような声を。
「——ッ! ンンッ! な、なんでもない。ちょっと誰がいるか確認しただけだからな」
言い訳をする
「ふぅん? そう。そう言うことにしといてあげる」
怒ることなく今は増田の真後ろに鎮座する。ただ、それは「次何か怪しい動きをしたら背後からいつでもヤレるぞ?」と安易に伝えてきているように増田には感じられた。
恐怖から冷や汗を浮かべ。馬鹿な考えはしないようにしようと心に誓う
「──な、なんで琴音がその男と一緒にいるのですか!!……はっ! まさか、琴音はその男に弱みでも握られているのね!?」
増田と琴音が命のやりとり(笑)をしていると何を勘違いしたのか姫乃が声を張り上げ、そんなことを発する。
荒唐無稽なことを言う姫乃に直ぐ様間違いを弁明をしたかった増田だが此処、理事長室の主人の許可なく口を開くのはマナーが悪いと思い何気なく麗奈に目線を向ける。
「ふふっ」
麗奈は初めから増田の行動が分かっていたのか「好きに話して良いですよ」と言うように微笑みを浮かべ頷く。
「──」
そんな麗奈に一礼し、姫乃に──
「──東堂さん。まず、始めに……」
そう、何かを姫乃に向けて伝えようとした増田だったが、真後ろにいたはずの琴音の手により止められる。
「……」
その行動に「琴音が何かを姫乃に先に伝えたいのか?」と思い一歩下がり静観することに。増田と変わる様に前に一歩出る琴音。
「姫乃ちゃん、昨日ぶりだね。そんな話はいいとして、私は今もの凄く怒っています。その理由を姫乃ちゃんはわかりますか?」
「──こ、琴音? ど、どうしてですの?」
「私、怒っています」と体全体で表現する琴音に対して姫乃はなんのことか全くわかっていないようで疑問符を浮かべるばかりだ。
そんな姫乃を見てやれやれと首を横に振る。
「──はぁ、簡単だよ。私の大事な人が、私の大切な幼馴染の何も罪もない純ちゃんが貴女の勘違いで辛い思いをしてるんだから!」
「え、えぇ!?」
琴音の話にまったくついていけない姫乃だが、琴音が話した「増田と琴音が幼馴染み」という内容だけは理解できたのか慌ただしく増田と琴音を交互に見る。
琴音はなおも言葉を続ける。
「それに! 私が純ちゃんに弱みを握られている? 馬鹿なこと言わないで!! 弱みを握っているのは……私だよ!!!」
『えぇェェーーー!!?』
琴音の話に姫乃は勿論、知らない内に弱みを握られていた増田も声を上げる。
い、いや、こっちの方が「馬鹿なことを言わないで!!」だわ! 何? 俺は一体琴音になんの弱みを握られているんだよ!? 出来たら知りたく無かったわ……。
そんなことを考える増田は他のことなどそっちのけで記憶を辿るように何かわからないか考えてしまう。
だってヤンデレで、何をしでかすかわからない琴音に弱みを握られていることこそが俺の平穏を脅かすものだから。
でも、そんな増田の考えなど知らんと言うように琴音と姫乃の話し合いは熱を増す。
「琴音がその男の知り合いなのは、一応、わかりました。ただ! ただ、ですわ! その男は女子更衣室を覗いていた疑いがあるのですわよ? それでもその男の肩を貴女は持つと言うのですわね?」
切り札である「増田が女子更衣室を覗いていた」という事実を
「だからそれが姫乃ちゃんの勘違いなの。少し冷静になって私の話を聴いて。まず──」
姫乃に取り合わない琴音は事の始まり、増田が無罪だと言うことを話す。話を聞いていた姫乃は始め特に表情を崩すことはなかったが、話が進むごとに顔を青白くして、脂汗を浮かべ、目を泳がせる。
「──それで、犯人はそこにいた黒猫ちゃんであって、純ちゃんは無実だよ。これでも信じないのなら私が呼んだ──一ノ瀬さんに聞いてみれば事の顛末がわかるはずだよ」
増田と話し合ったことを姫乃達全員に聞こえるように話した琴音はここに来て初めて今まで口を一切挟まなかった小動物──一ノ瀬と呼んだ少女に顔を向ける。
琴音が顔をそちらに向けたことで姫乃達も一ノ瀬と言う少女に向けて視線を向ける。
向けられた本人は──
「──ひぅ」
大勢に視線を向けられることに慣れていないのか目を瞑り、小さな悲鳴を上げる。
「そ、その、貴女は同学年の
怯える少女に向けて優しく声をかける姫乃。内心では琴音の話が間違いであって欲しいと願う。
ただ、真実は──
「は、はい。愛沢さんの話す内容は本当のこと、です」
残酷だった。
「──そ、そうですか。あ、ありがとうございますです、わ」
なんとかそう返事を一ノ瀬に返すと右手をおでこに当て近くにあった理事長の机に寄りかかるように倒れる。自身の考えが間違いだと気づき少し目眩を起こし。
姫乃を見て琴音は上手く行ったと言うように頷き、増田は「俺、何もやってなくね?」と微妙な表情を浮かべていた。麗奈に関しては終始、笑みをニコニコと浮かべていた。
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