第39話 本庄努の信仰



「いや? どうもしないさ。ただ僕は一ノ瀬さんの本心を聞きたかっただけだからね」

「……そうですか。それで? あなたに何か良いことがありました?」


 明らかに不機嫌になる一ノ瀬は本庄に対して適当に返事を返す。だが本庄はそんな一ノ瀬の態度を特に気にしていないのか普通の対応をする。


「収穫はあったね。純一さんと君の会話は大分前から聴かせてもらっていたけど。君、中々が上手いようだ」

「……だったら何ですか? 私のことを増田に告げ口でもしますか?」

「とんでもない」


 本庄は一ノ瀬の言葉を首を振ると直ぐに否定する。


「僕はね純一さんには幸せになって欲しいんだよ。彼は善人だ。彼は尊敬に値する人だ。僕は昔から人を見る目が良くてね、彼の心の中がとても澄んでいることを知っている」

「……あなたは、何を言っているのですか……?」


 いきなり訳の分からないことを話し出す本庄に一ノ瀬は慄く。それはそうだ。いきなり「増田のことを男女として好きか?」と聞かれた後にそんなことを熱弁しだすのだから。


 ただ本庄は一ノ瀬の雰囲気など知らずに言葉を並べる。その顔は何処か紅潮していた。


「僕が望んでいるのは純一さんの幸せ。純一さんが幸せになるのなら友人が……その伴侶として誰がなろうが関係ない。愛沢さんや東堂さん然り。もちろん君もだ。一ノ瀬さん」

「……」

「君が純一さんに伝えたことは大半は演技、又は嘘だろう。「友達作り」などと銘打っていたがそれも純一さんに近付く為のただの手段に過ぎないのだろう。君の動向を少し見ていた僕は知っている。そもそもの話君とはクラスメイトだしね」

「……」


 本庄の雰囲気に当てられた一ノ瀬は不気味に思ったのか何も言えないでいた。


「無言は肯定と捉えるよ」


 本庄はそう言うと紅潮していた表情を戻すと真剣な表情を浮かべる。


「……君は演技や嘘を付いてもそこに純一さんを陥れるような悪意や敵意は感じなかった。僕が感じたのは信用・信頼。そして単純な愛だ。そうだろう?」

「……あなたに言われるのは癪ですが、その通りですね。私が増田さんに悪意や敵意などといったモノを向けるはずがありません」


 一ノ瀬の言葉を聞いた本庄は笑みを深める。


「前提がなんであれ純一さんへの愛故な行動なら僕は黙認をするさ。ただ……」


 笑みを浮かべていた本庄だったが「ただ」と口にした瞬間、雰囲気がガラッと変わる。笑みを浮かべていた顔は能面のようになんの感情も表さない表情になっていた。


 そんな本庄の顔を見た一ノ瀬は悍しい何かを見たように顔を青ざめる。


「それがもしも悪意や敵意が含まれるものだったなら容赦はしなかった。女性? お嬢様?……そんなものは関係ない。彼を、純一さんに危害を加える存在は総えて……潰す」

「——ッ!!」


 本庄の圧に当てられ言葉を聞いた一ノ瀬は息を飲む。それは本庄努が今言った言葉は本当に心から思っていることだと肌で感じたからだ。


(——本庄努……。ついこの間男性枠として編入して来た一般枠の生徒。彼は危ない。何が危ないかわからないけど……これ以上は増田さんに近付かせてはいけない……!!)


 一ノ瀬は危機を感じたからか冷や汗を流すと内心で本庄への警戒心を上げる。


 だがそんな本庄は既に表情が戻り爽やかな笑みを浮かべていた。ただし一ノ瀬を見て笑いながら。


「……君、いいね。その僕への敵意はとても心地良い。だってそれは純一さんを守ると思う気持ちから来るものだろう?」

「……あなたは一体、何者ですか?」


 その見透かしたような物言いに少し動揺した一ノ瀬だったが、本庄の質問に応えることなく一ノ瀬は目の前の人物……本庄努が何者か問う。


 「つれないな〜」と笑いながらも本庄は一ノ瀬の質問に応える。


「——僕は本庄努。増田純一の幸せを願う者。そして……。これからも宜しくね、一ノ瀬さん?」

「あなた、は……!!」


 真顔でそんなことを伝えてくる本庄相手に一ノ瀬は戦慄を覚えた。

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