第10話 当時の記憶(増田○一?)
◆
「──増田君も行っちゃったか。ふぅ、彼、昔から変わってないわね」
そんなことを呟く麗奈は座っていた椅子の背もたれに身体を預ける。
「私のことも若菜ちゃんのことも全然気付いてないし」
椅子の背もたれに身体を預けていた麗奈だったが、増田のことで小言を呟くと少し頰を膨らます。そのまま起き上がると自分が座っていた理事長机の左端に写真が見えないように伏せて置いていた木製の年季が入った写真立てを手に持つ。写真の真ん中に写っている人物を写真の上から指でなぞる。
「──増田君は覚えていないかもしれないけど、私と若菜ちゃんは今も覚えているわ。あの日、あの時……貴方が『
頰を少し染める麗奈は昔を懐かしむように思い出す。
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琴音の母親の若菜と姫乃の母親の麗奈は小学生からの友人同士だった。何かと馬が合い一緒に過ごすことが多く、幼馴染、親友同士になるのはそう時間は要らなかった。
そんな二人はある日、隣町にあるデパートにショッピングの為に出掛けていた。買い物も楽しく済み、良い1日で終わると思った時の帰りの電車内でそれは起きた。土曜日だからか満員電車の様に混んでいる車内、若菜と麗奈は先程いたデパートでの話をしていた。
「──あははっ、麗奈ちゃったらあそこでアイスを落とすなんておっこちょこいなんだから〜」
「何よ、若菜だってお店で注文する時に「ハンバーガーセットを下さいまし」なんて、何お嬢様ぶっているのよ」
「いや、私達本物のお嬢様だから!?」
若菜は今よりも髪が短めで黒髪を肩口まで伸ばしている。麗奈は綺麗な銀髪をストレートで伸ばしていた。そんな二人は高校生だけあって若々しかった。当たり前だが。
そんな風に楽しく二人でお喋りしていると。
「──ヒゥッ!?」
いきなり若菜が変な声を上げる。
若菜の異変に気付いた麗奈がどうしたのか聞こうとすると。
「若菜? どうした──ッゥ!?」
「若菜? どうしたの?」そう伝える筈だったが、自分のお尻辺りがゾワリと何者かに触られる感触が伝わってくる。ただ、手とか足が当たったならまだ良いが、変な感触が伝わってきてから絶え間なく気持ち悪い感触が伝わってくるのだ。
それは若菜も一緒の様で涙を溜めて何かに我慢している親友は自分に助けを求めて来ているのがわかった。でも、麗奈も動けなかった。
この時に今の自分達の状況を理解する。
『私達は痴漢に遭っている』、と。
これなら普通の高校生らしく自分達の足で行動なんてしないで両親か使用人に車で送迎して貰えば良かったと思うが既に遅い。二人は声を上げれない中、誰かが気付いてくれる事に賭けたがそれは無理だった。
麗奈が良く電車内を見ると周りにはイヤらしい笑みを浮かべる中年男性しか居ないのだから。
「──」
その事に絶望し、諦めてしまった麗奈は抵抗をやめるとだらりと手を下ろす。
「──そうだ。お前さんらはもう終わりだよ。そんな肉付きの良い身体をして適当に車両に乗るのがお前さんらの終わりだったな。ここは痴漢専用車両なんだよ」
「──ッ!?」
悲鳴を上げたいが、上げたところで今、自分達がいる車両がこの男の言う通りそんな名前の車両なら助けは絶望だろう。
二人はもう無理だと思った時、それは起きた。
「──あぁーーー! まーたお前ら若いおなごなど痴漢しているのが!! 痴漢をするなら65歳以上の
いきなりそんな車両内に響く様に声が聞こえて来た。そちらに麗奈達はなんとか顔を向けると、髪は黒髪で角刈り、背中背負っている赤色のリュック、上は白色の無地のシャツ、下は藍色の短パン……という何処ぞの田舎っぺ○将の様な格好をしている小学生ぐらいの男の子がいた。
ただ、そんな小学生に今の状況がどうこう出来るわけがないと悟と二人はやはり、暗い顔になり、涙を溜める。
そんな二人だったが周りの様子がその少年が来てからおかしい事に今になって気付く。
「ぁ、あぁ、アイツは【息子狩り】の純一!?」
「おいやべーぞ! また奴に見つかった!! 今回は何人の成人男性がニューハーフに変えられるんだ!!?」
「みんな、逃げろ!! 奴には敵わない!! 今回の
【息子狩り】やら【ババ専】と呼ばれていた純一?という少年が現れた瞬間、男性達は怯えだし、一目散に他の車両に移る。
(──【息子狩り】?【ババ専】?とはなんなの?)
(──わ、わからないけど、私達に変なことしていた大人の人達はあの子が現れた瞬間、直ぐに何処かへ行っちゃった)
二人はその場で抱き合うと小声で話し合う。今は男性達から解放された二人だが先程の不快感がまだ残っているのか未だに身体を震わせていた。
ただ、その少年は止まらない。
おもむろに赤いリュックを開けるとそこから──茶色いリコーダーを2本取り出すと片手ずつに構える。
そのまま──
「
そんなことを叫ぶ少年は小柄ながらにとてつもなく素早い動きで近くにいる成人男性のある一部に目掛けて手に持つリコーダーを容赦なく打ち付ける。
「テントなんて張ってんじゃねぇ!!」
「あふん!!」
「母ちゃんが泣いてるぞ!!?」
「ひひゃん!!?」
「おっ○いは垂れてこそが正義!!」
「ンゴーーー!!?」
「ゲートボールではなく、もっと良い球の突つき合いしましょう!!」
「ヘキョォーーー!!?」
次の駅に着くまで永遠と男性達の悲鳴?矯正?が響き渡る。
◇
次の駅に着いた時には男性達の屍?が車両内に形成されていた。それをおっかなびっくり避けて漸く外に出れた若菜と麗奈は自分達を助けてくれた少年を探そうとした。すると自分達に向けて沢山の警備員達が近付いてくる。
『──ッ!?』
その光景に怯えた二人だったが、警備員達の安堵している表情を見ると少し安心できた。
「お二人共、ご無事でしたか? 今回車両内で大量痴漢集団が現れたとのことでしたが……」
その話を聞いた二人は顔を見合うとさっき起きたことを話した。
「──ってことがありまして、ある少年が助けてくれました」
麗奈が警備員に伝える。
「──そうでしたか。また、彼に助けられました。お二人共本当にご無事で良かったです。貴方達に不埒な行いをした者達は全て捕まえますのでご安心を」
その話を聞けた二人は漸く、本当の意味で安心できた。ただ、聞きたいこともあり、今ここで時間を潰している暇は無かった。
「──あの! その、男の子は今、何処にいるかわかりますか? もう一度会ってしっかりとお礼を言いたいのですが?」
胸の前に祈る様に組んだ手を置き、警備員達に懇願する若菜。
「──あぁ、それなら──」
若菜と麗奈は警備員に教えて貰った北口駅前近くの女子トイレに向かってみる事にした。警備員の話ではそこでこの時間帯は良く出没するという。
二人が駆け足で向かうとそこには──本当にいた。
誰かを待っているのかはわからないが女子トイレ前で立っていた。挫折トイレの方に顔を向けては肩を落としている。そんな少年に二人は話しかけてみる事にした。
「やっといた! 君、今大丈夫?」
「確か、純一君、だよね? さっきは助けてくれてありがとう!!」
ただ、二人の様な美少女に話しかけられた少年だが、特に興味を見せないのか、一度チラッと麗奈達を見ただけでそのまま女子トイレの中を見る。
だが、麗奈達も諦めない。目の前にいる相手は子供でも自分達の事を助けてくれた恩人であり、ヒーローなのだから。
「君、君だよ。今女子トイレの中を見ているそこの君! 誰か待っているのかな?」
「……ある意味、待っているだ。だから、邪魔しないでけろ」
「誰を待っているの? お母さん? それともお友達?」
「……全部違うだ。だから早く何処か行くだよ」
麗奈が優しく話しかけるが取り付く暇もなく拒絶される。なので若菜は警備員達に聞いていた話を聞いてもらう為の魔法の言葉を使う事にした。
「ふーん? そうなんだ〜。でも、私達が純一君が女子トイレで覗きをしているって、警察に言ったらどうなると思う?」
「──ッ!? 何処でそがんことを聞いただ?」
「知らなーい。純一君がちゃんと私達の話を聞いてくれたら今から高齢の女性を痴漢をしようとしていることは見逃すよ?」
そんなことを言う若菜を睨む少年だったが、諦めたのかその場で座り込む。
「チッ! これだから都会の勘の強いおなごは嫌いだよ!!」
「ほらほら、そんなこと言っていないで私達の相手早くしないとお目当の相手が行っちゃうよ?」
「わかっただ。質問するならするだ」
そんなことを言う少年相手にあることを始めに聞く。
「じゃあ、君の名前を教えて欲しいな? 恩人の名前も知らないじゃ、意味ないからね」
「──オデは増田純一だ。小学生とだけは言っとくだよ」
「増田君か、増田君ね。覚えたよ。因みに私は東堂麗奈ね! さっきは助けてくれて本当にありがとう。あと、これでもお嬢様なんだぞぉぉ?」
「んだ」
増田少年の塩対応に苦笑いを浮かべる麗奈。そんな麗奈と変わる様に若菜が話しかける。
「私、私! 私の名前は愛沢若菜って言うの! さっきは助けてくれてありがとね? 私は純一君って呼ばせてもらうね?」
「好きにするだよ」
その後は色々と話した。「どうして高齢の方を痴漢するの?」や「今は好きな人がいるの?」や「何か欲しいものがないか?」など聞いた。
その質問に増田少年は「両親が海外赴任の中、祖母に育てられていた。その祖母も一月前に亡くなってしまったから亡き祖母を思い出す様にこの駅のトイレに来ている。祖母との最後に会話した場所がこのトイレ近く」だと言う。「今は特に好きな人はいない」とのことだ。「欲しいものは自分で手に入れるからいい」と、全てこちらの提案を却下されてしまった。
そんな中、若菜がとんでもない提案を増田少年に持ち掛ける。
「じゃあさ、じゃあさ! 純一君は高齢の人が好きなんだよね?」
「まぁ、付き合うんだったらせめて30歳以上の人だ。それに、未亡人なんていうのも響きが良い!!……かもしれない」
若菜の質問に少し恥ずかしそうにしながらもそんな変態チックなことを答える増田少年。ただ、麗奈は若菜が何を聴こうとしているのかわからず、キョトンとしていた。
「じゃあ、私が30歳を超えて、夫が居なかったら……結婚してくれる?」
「何を馬鹿なこと言ってるだ。冗談も──本気、だべか?」
「うん。こんな事で冗談は言わないよ」
若菜と増田少年はそんな会話をしていた。そこで漸く気付く、自分の親友が自分が少し良いなと思った少年を口説いていることを。
なので──
「わ、私も! 私もそれ、参戦するわ!! 若菜ちゃんだけズルいじゃない!!」
それを聞いた若菜は「ちぇっ、独り占め出来ると思ったのに」と少し拗ねる。
とうの増田少年は。
「──ハァ、わかっただ。ただ、オデも大人になったら覚えている自信もないし、アンタラの考えも変わるだろ。だからそれでも好きなら、だ」
『勿論!!!』
増田少年の言葉に二人は仲良く声を合わせて答える。そんな二人に子供ながらも苦笑いを浮かべる増田少年。
こうして三人は口約束だが擬似婚約?をした。
・
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「──懐かしいわね。でも、増田君が中学生になったと共に此処『桜花町』に引っ越してくるとは思わないわよね。その話を若菜ちゃんから聞いた私は驚いたけど、あの時の若菜ちゃんの行動にはこちらも少し、引いたわね……」
今の麗奈でもドン引きした内容は、子供がいて丁度子育てしている&相手がまだ中学生なのに若菜は増田を襲って既成事実を無断で作ろうとしたことだった。
なんとか踏みとどまった理由は彼、増田が自分達と会った時の昔の記憶を忘れていたからだった。
「ただ、これも運命なのかしらね。若菜ちゃんの娘の琴音ちゃんが増田君の幼馴染になって、私の娘とも接点を作った増田君。ハァ、こんなおばさんになっちゃったけど私のこと貰ってくれるかしら?」
そんな事を理事長室で一人呟き、頬を赤くする麗奈。自身ではおばさんになったと言っているが、何処をどう見ても二十歳にしか見えないほどの若々しさだった。
「──でも、勝手に動いたら若菜ちゃんになんて言われるかわからないから琴音ちゃんが増田君の寮に住み着いている疑惑を払拭する為にも今度、若菜ちゃんと会おうかな」
麗奈はそう呟くと、目の前の仕事を終わらす為にデスクワークを始める。
ただ、一言言わせていただけると──「おい!! 俺は【ババ専】でもないし普通の若い子が好きだわ!! それに、なんだその訛りはぁぁぁ!!!? というか、誰だソイツは!?」と、ツッコムだろう。確実に。
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