第9話 理事長とのまんつーまん



 


 なぜ、自分だけ理事長室に残されたのか全く持って検討のつかない増田は黙って麗奈からの反応を待つ事にする。


「──増田は琴音ちゃんととても親しそうだったね。元々知り合いなのかな?」

「──ッ。そ、そうですね」


 麗奈からの反応を待っていた増田だったが、いきなり話しかけられて少し、動揺してしまう。


 まぁ、いきなり話しかけられたというのも動揺した理由だが、さっきよりも砕けた感じで話しかけられたのが予想斜め上を言っていたな。それに、俺の名前も「さん」から「君」に変わっているし。


 それもあるが普通、理事長とはその高校、学園でもトップで一番偉い存在なのだ。言っちゃあなんだが増田の様なただの用務員が気兼ねなく話せる存在ではない。だが、理事長本人から話を振られたなら受け答えをするのがマナーだろう。


「そうなんだ。どんな関係? 恋人、とかは流石に年齢的に無理かしら?」


 「恋人」と口にする時、麗奈は少し悪い笑みを浮かべた。その事に気付いた増田は自分も少しふざけてみる事にした。


「──え、えぇ。琴音とは清いお付き合いをさせて頂いています。まぁ──「は?」——い、いや、あの? 嘘ですよ?」


 直ぐに嘘であることを話そうとした増田だったが「嘘」と伝える前に麗奈から反撃を受けてしまう。


 増田の口から「琴音と付き合っている」と言う言葉を聞いた直後、麗奈の雰囲気は変わる。変わると共に麗奈が座っている理事長机の近くにかけてあった"不審者捕縛用"であるを素早く手に持つ麗奈はそれを躊躇なく増田の──股間に当てがう。


 うん、この反応はやっぱりということだよな。優しそうに見えてもそこは厳重なのね。流石は、教育者、


 顔を痙攣らせながらも感心する増田。


 その後はしっかりと言い訳を述べる増田。自分が嘘をついてしまったことを話し、ようやく理解して貰えるのに10分ほどかかった。


 その事から麗奈相手にはふざけないと誓う増田だった。



 ◇閑話休題アレに食い込んで痛かった



「──もう! 増田君ったら冗談が上手いんだから!! あまりこちらをビックリさせないでよね!」


 笑いながら麗奈は理事長机を手で叩いていた


「は、はははっ。以後、気を付けます」


 未だに頰を引き攣らせながらも疲れた様な表情を浮かべた増田はなんとか相槌を打つ。


 「ビックリ」しただけで自分の息子純ちゃんが"痛い痛い"するのかと戦慄を覚える増田。


「じゃあ、もう一度聞くけど、琴音ちゃんとはどんな関係なの?」

「はい。愛沢さんとは昔馴染みの友人──所謂という関係ですね。今は家も近所じゃないので幼馴染かは些かわかりませんがね」


 ふざけることはなく真実を伝える増田。


 増田と琴音の出会いからは既に10何年という月日が経っているという、記憶がある。増田は中学生(当時13 歳の時)に上がった頃親の転勤で愛沢家のお屋敷がある近くに越してきた。そこからは両親は海外に赴任し一人となった増田は周りのお付き合いという事で愛沢家とも仲良くしていた。増田は面倒見が良かったこともあり、幼かった琴音の面倒を見ることが多かった。


 両親は今、何をしているか記憶を辿っても分からないが気にしても無駄だろうと思う事にしている。


 本来なら此方の家族のことなど知らないがなぜか懐かしいと思ってしまう増田は少し笑みを溢していた。そんな増田の表情を見ていた麗奈も笑みを浮かべる。


「そうなんだね。だから、あんなに琴音ちゃんは増田君といれて嬉しそうなんだね。アレかな? "お兄ちゃん"だと思っていたり?」

「……かもですね。ただ、だとしたら兄離れは早くして欲しいものですけどね」


 適当に相槌を打つ増田。


「──ふーん? 兄離れ、か。もしかして増田君が住んでいる寮に来ていたり?」

「ん? それはないですね(嘘)。流石に来たとしても部屋の中には入れないですよ!(嘘の上、合鍵も渡して……無理やり奪われた)」


 増田は麗奈の反応を見ながらも表面では笑みを貼り付け、内面では少し冷や汗を浮かべて慎重に答える。「兄離れ」と聞いた瞬間麗奈の雰囲気が少し変わったと感じた増田は注意しながらも受け答えをする。


 なんか、理事長がカマかけてきている様に見えるんだよな。そんな事は無いとは思うけど馬鹿正直に「琴音は来ているし、合鍵も渡しているよ!!」などと言える訳ないしな。


「──そう。なら、問題ないなら良いわ。それで、増田君、今回残ってもらったのは娘の姫乃ちゃんの件なのよ。まず、今回は娘が迷惑をかけてごめんなさい」


 すると、麗奈も娘の姫乃と同様に頭を深々と下げてきた。そんな麗奈に増田は止めるべく動く。


「あ、あぁ! 良いですよ! もう済んだことですし、謝らなくても! ほら、東堂理事長も頭を上げてください!!」


 こんな場面を誰かに見られでもしたらどうしようと思いながらも麗奈に謝罪を辞めさせる。


 頭を上げた麗奈だったが、なぜか納得していない様な表情を浮かべていた。それがなんでかわからなかった増田は話の続きを待つ事にする。


「──ありがとう。ただね、こんなことがあって増田君には頼みづらいのだけど姫乃ちゃんを気にかけてあげて欲しいの。勿論、いつもとかではなく、たまにで良いから」

「まぁ、そのぐらいなら訳ないですよ」


 特に問題なかった増田は安請け合いする。


「ありがとう。それでね、うちの子は過去に色々とあって少し男性不信気味になっているから増田君にも強く当たっちゃったと思うのよ。本当は根は優しい子なのよ?だから根気強く見ていてあげて欲しいの」

「あ、はい」


 初め、受けたせいか断れる雰囲気ではなくなってしまったのでそんな空返事で返すしかなかった増田。


 重い、重いよ理事長。ほぼほぼ他人の俺にそれを伝えるのはどうかと思うよ。まぁ、内容は初めから知っているからどうでも良いけど、ただの用務員にお願いすることでは無いと思うのは俺だけか?


 そんなことを思う増田だが、既に後の祭りなためか一応、頭の片隅には入れておく事にした。麗奈からも「たまにで良いから」と許可を受けている為。


 ただ、その時あることを思い出す増田。


「あっ、東堂理事長。今までの話とは関係ないのですが、私が用務員として存命出来るのは嬉しいです。ですが、私以外にも他に人は入れないのですか?」


 「覗き」の件も無事、片付いた増田は理事長に言える機会が丁度今、あったのでダメ元で聞いてみることにした。


 聞かれた麗奈は。


「そうねぇ〜、考えたことはあるけど増田君が優秀で他の人材が要らないのよね。他の用務員を雇うとなると男性になるし、その人が増田君のようなとは限らないし……」


 「少し難しいわね〜」と麗奈は困った様子で増田に伝える。


 ただ、増田は少し喜んでいた。自分の事を紳士と呼んでくれた事に。そんな中、なぜ自分を採用したのか?という話は上がってくるが、採用されたものはどうでも良いだろう。


「そうですか。まぁ、自分の事を紳士(笑)と言って頂ける事はとても嬉しいです。ただ、用務員でも女性を雇えば良いのでは?」

「──何よ? 増田君は女性を呼んで誑し込みたい、と?」


 増田の口から「女性」と聞いた増田の事を瞬間睨見ながらも訳の分からない事を言ってくる。


「い、いや、誰もそんな事は言っていないですよ。男性が駄目なら女性ならどうですか?という意味だったのですが……」

「そうよね。ごめんなさい、今のは私がおかしかったわ。……じゃあ! 増田君が姫乃ちゃんの件で何か成果を上げたら考えて上げるわ! どう? どう?」

「え、えぇ。まぁ、それなら頑張ります」


 馬鹿な事を考えていたのを払拭するように良い事を思いついたと言うように伝えてくる麗奈に少し引き気味の増田は了承する。


 その後は一言、二言話すと、解散となる。






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