第23話 姫乃の異変





「……ふふっ、純一はそちらでも変わりはないのですね」

「そうなんだよーー! 純ちゃんは昔っから女の子がいれば直ぐに声をかけて私をヤキモキさせるの!! 本当に困っちゃう!!」

「そうですか。女性にだらしのないところは変わらないのですね。純一は本当にどうしようもない男ですね」


 琴音と椎名は用務員倉庫の近くにあるベンチに二人で座ると楽しそうにおしゃべりをしていた。今はお互いの増田の昔の話に花を咲かせている最中だった。さっきまでの緊張感のある雰囲気が無くなっていてよかった。


 ただ、その二人の話題の増田は何処にいるかというと……。


「……」


 琴音と椎名が座ってあるベンチから少し離れた茂みの中に顔を突っ込みピクリとも動いていなかった。


 ただ、これじゃあ何もわからないと思うので何があったか手短に話そう。



 ◇



 増田と椎名は恐ろしい雰囲気を出す琴音に見つかってしまった。このままでは危ないと思った二人だったが凶器を持つ琴音相手にこちらは上手く出れないでいた。琴音も増田達の出方を伺っているのか動きはない。そんな時間が少し続いた時、琴音が動く。「純ちゃんと椎名ちゃんはここで何をしているの?」なんと持っていた果物ナイフをそっと地面に置くと増田達に話しかけてきたのだ。

 なんとか理性は残っていたのと椎名が知り合いということもあり、話を聞いてくれたのだ。増田と椎名の二人はほっと安心するとともに危ない橋は渡りたくなかったので琴音を刺激しないように経緯を話す。


 全て話し終わると増田と椎名の二人は一呼吸入れて琴音を伺う。琴音は終始二人の話を真剣に聞いており、今も頭の中で整理をしているのか目を瞑ると可愛く「うんうん」と唸っていた。


 唸っていたと思った琴音は「ぱっ!」と目を開けると増田の顔をロックオンする。すると……。


『結局、純ちゃんが優柔不断で女好きだから悪いんだよね?……お母さんにも手を出したんだし』


 そんな事を言うと助かったと油断して立っていた増田の元へジリジリと近寄る琴音。少しおかしな言葉も混ざっていたが今、変な事を言ってもこちらが完全に不利になると思ったので増田は隣に立つ椎名になんとか助けを請う。だが……。


『ふぅん? 琴音様のお母様の若菜様にも手を出した、ね。純一?……遺言は?』

『いや、え? 俺死ぬの?』

『『……』』


 ただ、増田の言葉など二人の耳には届いていないのかジリジリと無言で近付いてくる。


『ま、待って! 話し合おう! 何か行き違いがあるんだ! きっとそうだ!! だから、ほら……落ち着いてくれませんか?』

『『ヤダ』』


 最後の増田の命乞い?にも容赦しない二人は増田の肩を掴み茂みの奥に運ぶ。


『……わかった。俺も男だ。腹を括ろう。だから、せめて、優しくしちぇ?(齢5歳)』

『『……』』


 だが、それでも増田の話など聞いていない二人に増田は連れて行かれる。


 そのあと何があったかだって?……悲惨すぎてとても口からは言えない。強いて言うなら二人の手によってボコボコにされた俺は茂みの奥に投げ捨てられて放置されたと言うだけだ(血涙)。



 ◇



「——まぁ、純ちゃんの話なんて今はどうでも良いや。椎名ちゃんに丁度聞きたかった事があったんだけどさ。椎名ちゃんはこの頃の姫乃ちゃんの様子について何か知らない?」


 増田の話をキッパリと終わりにする琴音は椎名にそんな事を告げる。琴音の問いに椎名も増田のことなど忘れ、自身の主人のこの頃の様子について思想する。


「そう、ですね。私も詳細まではわからないですが姫乃お嬢様に何かがあったのは確かだと思います。この頃の姫乃お嬢様はお家でも居心地が悪そうにしてらっしゃいます。姫乃お嬢様自身の口からも何もおっしゃってくださらないので、私にはなんとも」


 顎に手を当てこの頃の姫乃について考え込んでいた椎名はそんな事を琴音に伝える。


「そう、なんだ。椎名ちゃんでもわからないか。でもこの頃の姫乃ちゃんは様子がちょっと、ね。3日前からだと思うけど何をしても何処か上の空って言うか、何か思い悩んでいる気がするんだ。聞いても何も話してくれないし……」

「ですね。私が気付いた時も琴音様とご一緒かと。私も姫乃お嬢様のお母様である麗奈様に聞いてみたのですが特に何か成果はなく……」


 そんな事を二人で話すとどちらとも暗い顔を作る。ただ、琴音が何かに気付いたのか椎名に聞いてくる。


「……そう言えば椎名ちゃんが姫乃ちゃんや姫花ちゃんと一緒じゃなくて単独で動いているのって珍しいね。今日は一緒じゃないの?」

「あぁ、その件ですが姫花お嬢様をお稽古に向かわせている最中に姫乃お嬢様が子百合澤女子校の校内に何も言わずに入っていってしまい私が探しにきている。と言う次第なんです。校内なのであまり心配はしていないのですがこの頃の姫乃お嬢様の状態を知っている身だと。琴音様は椎名お嬢様を見かけていないですか?」


 琴音の質問に逆に書き返す椎名。


「ごめんね。私も今日は姫乃ちゃんと一緒じゃないの。でも、椎名ちゃんの話をこうして聞くと何か怖いな。探しに行った方がいいよね……」

「そうですね。携帯端末に連絡は入れたのですが、繋がりませんでした。ですが、万が一の為に姫乃お嬢様につけているGPS通りだと姫乃お嬢様はこの用務員倉庫の近くにいるのがわかります。なので琴音様がお時間があるなら一緒に探しましょう」

「わかった! なら、善は急げだよ!! 今から探しに行こう!!」

「承知致しました」


 琴音と椎名の二人は話し終わると二人して何処かへ走っていく。……増田を残して。


「……」


 ただ、そんな増田も呑気に茂みの中に頭を突っ込んでいるだけではなかった。今琴音と椎名が話していたものを密かに盗み聞きをしていた。それにこのまま放置された方が動きやすいので敢えて動かなかった。決して二人に姫乃の捜索を頼まれる事がなくて拗ねているとかはない。ないったらない。


 そんな下らない考えは今は置いといて二人が立ち去ったのを確認した増田は茂みの中から顔を抜くとその場で携帯端末を開き時間を見る。


「——ふむ。時刻は17時50分か。シナリオ通りなら「東堂姫乃」はにいる。見つけるには少し時間がかかるだろうがまぁ、放置をしてもあの二人が探すから問題はないだろう」


 頭や洋服に草花を付けながら真剣に考える。顔のそこら中にタンコブやアザは何故か消えていた。


「ただ、今の心が疲れ切っているであろう「東堂姫乃」に「本庄努」をぶつけたいところだな。心が病んでいる時こそ誰かに、それもイケメンの男性に救われるなんて女性が異性を好きになるには最適な状況だからな。さて、どうしたものか……?」


 何かを考える増田。


 ただ、神は増田を見捨ててはいなかった。増田が一人考えるように立っていると「純一さーーん!!」と、遠くから自分の名前を呼ぶ女性のようなハスキーボイスが聞こえてくる。その声が聞こえた増田はその人物に気付かれないように口元を吊り上げる。


「……ついてるねぇ。怖いほどに、ね。さて、俺も動くかね」


 自分の元へ笑みを浮かべて走り寄ってくる主人公本庄努に向けて口元を戻した用務員増田も笑みを返す。


 さぁ、最後のピースを埋めるお時間だ。





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