第26話 神を否定した者



 ◇



 姫乃と姫花達が別れ。椎名と姫花が麗奈の元に向かっている時麗奈は増田の言葉が信じられないのか少し困惑したような、期待に裏切られたような呆然とした表情を浮かべる。でも、直ぐに気持ちを切り替える麗奈は増田に縋る。


「お願いよ増田君!! もう貴方しか頼れないの! 貴方ならなんとかしてくれると、思ってしまうの。私が今おかしな事を言っているのは承知よ。でも、だから、どうか、お願いします……」


 増田に縋るように抱きつく麗奈は涙を流しながら嗚咽を堪えながらも最後の希望に縋り付く。麗奈にお願いをされた増田は……。


「まぁ、最後まで俺の話を聞いてくださいよ。それに俺は何も姫花ちゃんや椎名を助けるのを嫌と言っているんじゃ無いんですよ」


 麗奈の肩を優しく抱くと出来るだけ柔らかい声量で麗奈を落ち着かせるように増田は告げる。麗奈に抱き付かれたせいで増田が着ている作業着は依れてしまっているが今はそんなことはどうでも良い。


「じゃあ増田君、は?」

「えぇ、俺は助けたい。姫花ちゃんも椎名も……もちろん、姫乃ちゃんや麗奈さん、貴女もですよ?」

「ま、増田君ッ!!」


 増田の言葉を聞いた麗奈は感極まってしまったのか増田を強く抱きしめる。増田は麗奈に直接抱きしめられたことによりたわわに実ったとても大きな果実の感触をダイレクトに感じながらも今はこの場を修める。


「ぅっ、れ、麗奈さん? 今から話すんで少し、あの、抱擁を緩めていただけるとありがたい、です。結構、その……当たってますし」

「……え?……きゃっ!!」


 増田の言葉を聞いた麗奈はやっと自身の今の状況に気付いたのか可愛い悲鳴を上げると直ぐに増田から離れる。


 麗奈から「生・当てているのよ!」をされていた増田はなんとか解放された。だが心の中で邪な感情が芽生えるのを抑えながらも動揺を隠しなんとか麗奈に話しかける。


「ま、まぁ、今は話を進めますが、先も言った通り俺は全員を助けたい。そうですね、誰かが不幸になるバットエンドなんて望んじゃいない。けど、俺には正直今の現状を打開する策がありません。ごめんなさい」


 自分の想いを告げる増田は麗奈に頭を下げる。


「い、いえ!! 良いのよ! 私が増田君に増田君ならこの状況をどうにか出来るのではないかと期待してしまっているだけなのだから。だから、貴方は謝らないで」


 増田の謝る姿を見た麗奈は慌てて訂正する。そんな麗奈の話を聞いた増田も「わかりまた」と告げる。


「……ただ、少しというかかなり話は変わりますが麗奈さんは"神様"を信じますか?」


 増田はにではなく、としてある質問を投げる。


「神、様?」

「そうです。麗奈さんが他の人々が想像する様な全知全能の神様です。麗奈さんは信じますか?」


 増田の質問の意図がわからない麗奈は聞き返すが、増田は尚も「神を信じるか?」と聞いてくる。


「……増田君の質問の意図も正解もわからないけど、私は……神様を信じます。神様がいるのなんて確証は無いけど、私は信じたい!!」

「そうですか」


 麗奈は増田に自身の考えを伝える。増田はそんな麗奈の考えを聞くと苦笑いを作り相槌をうつ。


「でも、どうして今、そんな質問を増田君は私にするの?」


 苦笑いを浮かべる増田に対して疑問に思った事を麗奈は告げる。


「……そうですね。それは、俺が単に神様を……の存在など1ミリ程も信じちゃいないからですよ?」

「……え?」


 増田の応えに麗奈は唖然としてしまう。それはそうだろう。自分から「神がいると思いますか?」と聞いてきたのだから増田本人も神を信じていると思うのが普通だろう。ただ、増田はそんな麗奈の考えとは裏腹に神の存在を否定する。


 驚き何も麗奈が言えない中、増田は言葉を並べる。


「だってそうでしょ? 神は俺らを、人間を創生した創造主なら自分が作ったが困っているのなら人々を今、正に助けを求めている東堂家を救うのが然るべきじゃ無いですか?」

「そ、それは……」


 増田の考えに肯定も否定も出来ない麗奈は困惑としてしまう。そんな麗奈を見た増田は雰囲気を和らげる。


「あぁ、別に神を信じると言った麗奈さんを責めたいわけではないんです。ただ、俺は自分で生み出しておいて何もしないロクデナシで職務怠慢な存在を無責任だと思い嫌っているだけなんで」

「……」


 神を否定する増田に何も答えられない麗奈。増田はそんな麗奈を見て少し息を吐くと続ける言葉をくちにする。


「……俺は神など生まれてこの方信じたことなどない。コレは神への冒涜なのかもしれない。けど、俺は自分の気持ちに嘘をつきたくない」


 そこで一旦言葉を止める増田は麗奈に笑みを向ける。


「でも俺は奇跡を信じてます。つまるところ。奇跡とはと言われます。ですが俺はこうも考える。この世に起こる奇跡を。人々が紡ぐ想いから作られる……"軌跡"があると信じている、と」

「……軌跡?」

「そうです。軌跡です。俺は神を信じていないし信用などしていないし、存在など否定しますが。俺は軌跡を信じたい。必ず人々を救うと」


 増田はそんな事を熱弁すると話すのを一旦止めて麗奈に視線を再度向ける。


「……俺は何も出来ないけど。奇跡を俺から生み出す事は到底無理だけど……麗奈さん達を救おうとしているのは俺だけではないと願っているし、知っている」

「私達を救おうとしている人達が他にいると、増田君はそういうの?」

「はい」


 増田は麗奈の質問に真面目な表情で頷く。増田には色々と打算はあるが「東堂家を救う人が他にもいる」ということには本気で思っていた。


 シナリオ通りでもそうなるのが確定しているというのがあるが増田が『ルサイヤの雫』の世界に転生?してから数日見ていた。そこで東堂家が他の人々から慕われているのを増田は知っていた。もしかしたら自分が動かなくてまた東堂家の人望で幸せになれるのかも、と。


 ただ、増田もそんな東堂家の人々を慕っていた。なので自身が動こうと思った。その先に例え自身の考えが、打算があるとしても。


「増田君がそう言ってくれるのは助かるわ。けど、さっきも話した通り私達は比嘉洪という姫乃ちゃんの……婚約者になっている相手に脅されているし、比嘉洪の言う話も本当のことだから、私達を他の人が助けても……」


 麗奈はそんな事を話すと暗い顔になり俯いてしまう。けど、麗奈の話を聞いていた増田は……怒っていた。


「なら、なら。なんで俺を頼ったんですか?俺は他の人と同じです。そんな俺に頼る麗奈さんの本当の本心が俺にはわからない。始め、俺に姫花ちゃんと椎名のことをお願いしたのは本心から来るものでしょう。けど、なんで今も俺に縋る様な、希望を持つ様な目を向けるんです? 俺は先も言った通り何も出来やしない。ただの一介の用務員にすぎないのに。……俺ならどうなっても良いと思ったからですか?」

「ち、違う!! 違うのよ。私は、増田君を……」


 静かに怒る増田の怒りに当てられた麗奈は増田の考えを否定する。だが、その後は何も言えないのかまた、言葉に詰まる。ただ、増田はそこでふっと怒りを鎮めると麗奈を見る。


「……言い過ぎました。ただ、わかってほしい。俺は神も嫌いだし、期待をされるのはもっと嫌いです。けど、信じてください。麗奈さん達……東堂家は救われると」

「ま、増田君、貴方は、やっぱり……?」


 増田の期待をさせる様な意味深な言葉を聞いた麗奈は期待をする様な目線を向ける。


「はて? 麗奈さんが考えている事がなんのことやら……? 俺はですよ? それ以上でも、それ以下でもない。ただの何処にでもいるありふれた用務員なので」


 増田はしらっとそんな事を言うと麗奈の言葉を待たずに理事長室を退出する。そんな中、麗奈は増田を止められなかった。


「……娘さんの晴れ舞台、楽しんで見てあげてください。大丈夫、悪い様にはならない。だから少し肩の力を抜いてくださいね。……では」

「——ッ!!」


 麗奈が何も言えない中、増田は理事長室を退出する際に最後、麗奈にそんな事を伝える。






 増田が一言残し、理事長室を退出してから少し経った時、麗奈は少し落ち着けて頭が働く様になったのか増田が話した内容を頭の中で考えると。


「……やっぱり、君は変わっていないね。あの頃と何も変わらない。いじっぱりで、頑固で。それでいて優しくて……ほっとけない男の子なんだから」


 目尻に涙を浮かべた麗奈は胸の前に手を当てると増田が退出した扉に向けて無言でお辞儀をする。








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