第25話 願いと別れ





 6月27日(土)。6月とあって梅雨に入り連日雨が降っていた。ただそんな雨が嘘だったかの様にまた今日の結婚披露宴を祝福するかの様に空は快晴に晴れていた。


 そんなおめでたい日に増田は子百合澤女子校の理事長室に呼ばれていた。6月27日(土)というに自分の様なが栄えある子百合澤女子校の理事長室に呼ばれるなどシナリオには無いが増田には何故自分が呼ばれたのかをなんとなく察していた。


「……それで、東堂理事長。俺を呼んだ用件は何ですかね?」


 いつもの藍色の用務員用の作業着を着込む増田は理事長机の目前に立つと問いかける。椅子に座り込む東堂理事長の姿は普段着ている紺色のスーツ姿ではなく紫色のドレスを着ておめかしをしてた。


 増田に問われた麗奈は瞑っていた目を開けると理事長の椅子に腰掛けながら増田を下から見据える。


「……それよりも増田君? 今日の私に何か言うことはないのかしら?」

「……そう、ですね。今日は一段と、その、お綺麗ですね。……コレで良かったですかね?」

「……増田君にしては、上出来よ」


 自分で聞いといて増田から言われた言葉が嬉しかったのか恥ずかしかったのかはアレだが、頬を赤く染める麗奈。ただ、麗奈は直ぐに咳払いをすると今回増田を呼んだ用件を話す。


「んんっ!……増田君を今回呼んだ件だったわね。そうね、単刀直入に言うわ。増田君は今直ぐに姫花ちゃんと椎名ちゃんの二人を連れて子百合澤女子校から離れて。若菜ちゃんを頼れば良いわ」

「……それは、どう言う意味で?」


 内容をわかっていながらもわかっているとバレないために眉を潜める演技をすると増田は訳を敢えて聞く。


「……はぁ、そうよね。いきなりこんな事を言われて「はい、わかりました!」なんて言えないわよね」


 一つため息を吐く麗奈は増田に告げる。


「まず、今日、このあと直ぐに……姫乃ちゃんの結婚披露宴が行われ、ます……」


 麗奈はと言う時、とても辛そうな表情を浮かべていた。だが、その後も続けて増田に話してくれた。


 話の内容は。今日は、この後直ぐに姫乃の結婚披露宴が行われる。ただ、コレは姫乃が同意しての結婚披露宴ではない。麗奈だって同意などしていない。だが相手側……「比嘉洪」から弱味を握られて泣く泣く姫乃に結婚披露宴を担ってもらうという代役をしてもらうしかなかった。姫乃も自分一人が犠牲になり他の麗奈や姫花、椎名が無事なら良いと安請け合いをしてしまったらしい。


 ただ、麗奈には何か胸騒ぎがする様な気がした。姫乃だけが犠牲になるだけで今回の件が収まる様な気がしなかった。なので、今頼れる増田にまだ幼い娘の姫花と椎名をせめてでも逃して欲しい。と、伝えてきた。



「——だから、だからどうかっ!! 増田君には姫花ちゃんと椎名ちゃんを頼みたいの!」


 麗奈はそんな事を増田に話すと自身も犠牲になるかもしれないと知りながらもせめてでも大事な娘達は逃そうと増田に頼む。麗奈は理事長椅子から立ち上がると増田の目前まで来て……泣きながら土下座をしていた。


 麗奈のそんな我が子を守る母親の想いを感じた増田は……。


「は? 嫌ですけど?」

「ヘ?」


 真剣に話を聞いていたと思うと間抜けな顔をしながら真剣に話す麗奈のお願いを断る。



 ◇



 結婚披露宴の会場となっている東堂家のある一部屋で純白なウェディングドレスを着た銀髪が映える美少女が椅子に座っていた。そんな美少女はメイド服の様な黒と白を基調にした服を着ている薄緑色の髪色をサイドテールの女性に髪を結ってもらっていた。


「……姫乃お嬢様、出来ました。とても、お綺麗ですよ」

「ありがとう、椎名」


 ウェディングドレスを着た美少女、東堂姫乃は自分の髪を結ってくれたメイド長である椎名にお礼の言葉を送る。お礼の言葉を言われた椎名は一歩後ろに下がるとお辞儀で返す。


 そんな中、側にいた妹の姫花が姫乃の初めて見る格好をお目目をキラキラさせながら見ていた。


「姫乃お姉ちゃん可愛い!! お姫様みたい!! とってもきれい!!!!」


 姫乃の格好を褒めるとはしゃいでいた。そんな妹の姫花を見た姫乃は暗かった表情を少し晴らせると「姫花、おいで」と姫花を自身の元に呼ぶ。

 姉の姫乃に呼ばれた姫花は特に何を言うでもなく姫乃の元に向かう。もしかしたら姫乃が今から自分に伝えてくることが幼いながらに何となく理解が出来ているのかもしれない。


「姫乃お姉ちゃん、どう……あっぷ!?」


 姫乃の元に向かった姫花は何かを話しかけようとしたが姉にいきなり抱きしめられてしまい最後まで言葉を話せなかった。


「……姫花、貴女と一緒にいてあげられない事を許してなど言いませんわ。ですがしっかりと守るわ。だから、貴女は、貴女だけでも逃げてください」

「姫乃お姉ちゃん? どうしたの?」


 姫乃に抱きしめられた姫花はなんとか抱擁から少し抜け出すと困惑とした顔で姉の顔を見た。姉の、姫乃の顔を見た姫花は……初めて驚いた表情を浮かべる。それは姫乃が自分の姉が泣いていたからだ。泣きながら自分を抱擁していたからだ。  


「ひ、姫乃お姉ちゃん? どこか痛いの? お医者様呼ぶ? 姫花に出来ること、何か無い?」


 姫花は姉の涙を見たからかその場でアワアワと狼狽えてしまう。だが、姫乃はそんな姫花をまた強く抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫ですわ。私は何処も痛くありません。ただ、そんなことよりも姫花は姉の最後のお願いを……聞いてくれますか?」

「う、うん! 聞く! 姫乃お姉ちゃんのお願い、ちゃんと聞くよ!!」


 姫乃の言葉に反応した姫花は頷くと姉の言葉を聞く。


「ありがとう。素直な妹で姉は鼻が高いですわ。……姫花は、姫花は本当に好きな相手と一緒になるの。良いですか?」

「本当に、好きな人?」

「そうです。姫花が心から思える本当に好きな殿方とお付き合いするのです。姉は少し難しそうですが、せめて貴女だけでも」   


 何処か儚げな雰囲気を出す姫乃は姫花の頰を愛しそうに撫でると告げる。


「好きな人。好きな人。私の好きな人は……純一!!」


 姫乃から言われた「好きな人」について考えていた姫花は真っ先に浮かぶ人物は増田だった。なので姫花は姉に告げる。ただ、そんな妹の答えにわかっていたのか苦笑いを浮かべる姫乃。


「純一……あぁ、増田さん、ですか。そうですね。彼は、増田純一さんは貴女とも仲は宜しいですし。他の殿方と比べると良いかもしれないですね」


 「年齢」については特に触れない姫乃は妹の未来を思って優しく姫花に話す。


「うん! 純一は捕まえて一緒に暮らすの!」


 妹の口から笑顔で少し物騒な言葉が出てきたが、姫乃は言葉の綾だと思い聞かなかったことにした。そのまま自分の横に立つ椎名に顔を向ける。


「……椎名、後は任せますわ。恐らくお母様も……」

「承知しています。この身が賭して姫花お嬢様は私が安全な場所に届けます」

「……貴女も……いえ、お願いしますわ。頼みましたわ、椎名」


 自分の身を呈して姫花を守ろうとする椎名に姫乃は何も言えなかった。本来なら「貴女も逃げて」と告げたかったが、椎名の想いを間近で聞いた姫乃は伝えられなかった。


「姫花お嬢様、今から麗奈様の元へ向かいますよ」

「うん、わかった! 姫乃お姉ちゃんまたね!!」

「……えぇ、また……逢いましょう」


 椎名が姫花を託し、姫花は椎名の言いつけ通り麗奈の元へ向かう。ただ、全てを理解出来ていない姫花は姫乃とまた逢えると思っているのかそんな言葉を姫乃に伝える。姫乃は姫乃で妹を悲しませないために最後に優しい嘘をつく。


 そのまま姫花を連れた椎名は姫乃を残した部屋を後にする。


「……私が、私がしっかりとしなくてはいけませんわ。例え、この体が穢れようとも……!!」


 決心を込めた言葉を敢えて言葉にする姫乃は震える身体を抑えるように自身の肩を抱く。



 









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