第35話 友達作りの儀式
◆
「では師匠。まずは一番先に行わなくてはいけない儀式があります。師匠ならそれが何かわかりますよね?」
自分が知る限りの友達を作るスタンダードなやり方を一ノ瀬に教えようと思っていた増田だったが。突然、何の脈略もなく座っていた椅子から立ち上がる一ノ瀬からそんなことを聞かれてしまう。
「……ふむ」
(……儀式。儀式と来たか。フッ!……まったくと言って良いほどにわからんな。というか儀式って何の儀式?)
一ノ瀬の言いたいことが何一つとしてわからない増田は自分の記憶……『ルサイヤの雫』に何かヒントが無いか思考する。ただ直ぐに答えを出さない増田を見た一ノ瀬は肩を落とす。
「はぁ、師匠。師匠もまだまだですね。友達作りの始めの儀式と言えば一つしか無いではないですか? ほらほら? ほらほら?」
ドヤ顔を作る一ノ瀬はなぜか自分の顔を指差しながら煽ってくる。
本当にわからないな。でも一ノ瀬ちゃんがヒント?ということか?……そうとしか考えられないな。だとしたら、コミュニケーション。触れ合い?……わかったぞ。
何かを閃いた増田は自身も一ノ瀬と同じ様に椅子から立ち上がる。立ち上がると共に30センチほどの身長差がある一ノ瀬の頭の上に手を乗せる。「え? 師匠?」その時に疑問の声を上げる一ノ瀬。だが増田は止まらない。そのまま一ノ瀬の頭に置いていた手で……撫でる。
「……ふっ。簡単だな。答えは「触れ合い」だ。一ノ瀬さんは頭を撫でられるのが好きだ。だから頭を撫でれば正解、だろ?」
「ち、違う!! いや、違くはないけど私が思っていた解答と違います……。ただ、撫で撫ではそのまま継続でお願いします!!」
「お、おう。わかった。ただ、本当の正解って何だったんだ?」
一ノ瀬の頭を撫で続ける増田は質問を出した一ノ瀬本人に聞く。
「もう、師匠は本当にもう」
そんなことを言いながらも何処か嬉しそうな一ノ瀬は口を開き教えてくれる。
「答えは……お互いの呼び方、です」
「呼び方?」
「そうです。簡単に言えば名前呼びですね。ほら、お友達同士なら名前で呼び合うのが普通ですよね? だから私達も名前で呼び合おうと思うのです。名前呼びってなんだか距離が近くなった様に感じられるじゃないですか?」
当然のことだと言う様に告げてくる一ノ瀬。ただ増田は思う。
友達、友人同士でも苗字呼びは結構いるのだが。今一ノ瀬ちゃんにそれを言うのは野暮ってやつか。そこは追々ってことで。話を合わせるか。
「……わかった。じゃあ、祈さん。これで良いかな?」
「──普通に言えるんですね。普通はこんなものなのでしょうか?……師匠はプレイボーイ?」
「おいおいおい、なんて言葉をお嬢様が使うんだい。仮にでも君はお嬢様だろうに。それに俺はプレイボーイではないよ。こんなの普通じゃないか?(わからんが)」
一ノ瀬の言葉を笑いながら訂正する増田。
「そうなんですか……? ただ、師匠。まだまだですね。師匠は私よりも上の存在なんです。なんせ"師匠"なので! なので、私のことは"祈"と敬称なしで呼び捨てでお願いします」
「いや、流石に厳しいよ。一ノ瀬さんはここのお嬢様だし、呼び捨ては……」
「祈」
「いや、だから」
「祈」
「いや、あの?」
「祈?」
「……」
「祈……?」
お嬢様を呼び捨てで呼ぶことに少し抵抗があった増田はなんとかして一ノ瀬の事を「さん」呼びで敬称を付けて呼ぼうとする。(琴音を呼び捨てで呼んでいるのは幼馴染なので諦めている)ただ、一ノ瀬は許せないのかなんとしてでも増田に呼び捨てで呼ばせようとする。
(──なんか一ノ瀬ちゃんがちゃんとした答えを出さないと会話から逃げられないRPGのキャラクターみたいになってんけど。これ、俺が折れるまで終わんない?)
「祈祈祈祈?……い・の・り?」
「わ、わかった! わかったから少し落ち着こう、な?」
「じゃあ、早く言ってくださいよ」
一ノ瀬に追い込まれた増田はもう諦めてしまったのか決心を決める。
「……祈?」
「……ふぅ、及第点をあげます。では、さっそく友達作りのお話を進めましょうか……増田師匠」
「……おい」
流石の増田も「待った」をかける。それはそうだ。散々自分に名前を呼び捨てで呼ばせといて自分は苗字で呼ぶのだから。
そのことを指摘しようとする増田だが。
「だってしょうがないじゃないですか!! 師匠は話慣れしていると思いますが私は話すのは得意じゃないんです!! そんな状態で師匠を名前呼びで呼ぶのなんて「死になさい」って遠回しで言われているのと同義ですよ! なんですか? 師匠は私に死ねと?」
「……」
ただ指摘しようとしただけだが、早口で捲し立てられる増田。そんな一ノ瀬を見て増田は思う。
めんどくせーーー、と。
その後は色々とお互いで話したが結局のところ増田は一ノ瀬のことを「祈」と呼び。一ノ瀬は増田のことを「増田師匠」と呼ぶ様に落ち着いた。なんでも「もっと親密になったら増田師匠のことを名前呼びで呼ばせて頂きます」とのことだ。
ただそれが本当のことかはわからないがもうどうでも良いと思ったのか増田は何も言わないことを心に決めた。
そのまま二人は次の話を進めることにした。
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