第34話 師匠と弟子と
あの後、一ノ瀬は泣き出してしまった。増田の言葉が嬉しかったのか自分の気持ちを肯定されたことが心地良かったのかはわからない。だけども一ノ瀬は嬉し泣きをしていた。
その間増田は一ノ瀬をあやす。子供などいた経験がない増田だが、もし自分に子供がいるのなら今の様に少し母性をくすぐられる様な感情になるのかなぁと思った。
──想定以上に大きい子供ということは伏せる感じだがな。
今もまだ泣き止まない一ノ瀬を苦笑いをしながらあやす増田。
◇閑話休題
一ノ瀬が元通りになるまであれから10分ほど経っただろうか? 今は先程までの自分を恥じてか顔全体を真っ赤に染めていた。ただ、それでも増田から離れてはいなかった。対面の席に座っていた増田と一ノ瀬だったが今は隣席に並んで二人で座っている状態だ。
「あ、ありがとうございます。それにご迷惑をお掛けしました」
「良いよ。一ノ瀬さんの気が済んだのなら俺も嬉しいからね」
謝ってくる一ノ瀬を許すと素で歯が浮いた様な言葉を言う増田はアイスコーヒーを飲んで喉を潤す。
そんな増田の姿を見た一ノ瀬は。
「……増田さんって、他の子や女性にもそんな態度なんですか?」
「ヘ?」
一ノ瀬の言葉が意外で増田は変な声を上げてしまう。それに良く一ノ瀬の顔を見るとジト目になっていた。一ノ瀬の方が完全に身長が小さいと言うこともあり上目遣いでのジト目なのでさほど怖くはないが。
「いえ、ついこの間あった東堂さんの騒動でも増田さんが活躍したと噂されているんです。それで他の生徒や先生方が増田さんのことを話しているのを耳にしました」
そこで話を一旦止めた一ノ瀬は隣に座る増田のパジャマの端を掴む。
「それに、それに。増田さんは愛沢琴音さんや東堂姫乃さんとも仲が良さそうです。なので、その、増田さんが今私に言ったみたいな言葉を言っているのかなぁーと、思って……。あっ! べ、別に嫉妬からとかじゃないですからね!!」
何処か悲しそうな声量に目蓋に涙を溜める一ノ瀬。だと思ったら自分は嫉妬をしている訳ではないと慌てて否定する。そんな一ノ瀬の表情を見た増田は……笑っていた。
「……プッ、あはははっ!」
「なっ!! わ、笑うことないじゃないですか!!」
「ごめん、ごめん! いや、なに。どうにも一ノ瀬さんの言うことが"お父さんを他の人に取られたくない娘が言いそうな言葉"だなぁーと思ってさ。娘がいたのならこんな感じなのかと思うと嬉しさから笑いが込み上げてきてね」
一ノ瀬に直ぐに謝る増田は悪いと思いながらも笑ってしまう。増田の言葉を聞いた一ノ瀬はムスッとした顔を作る。
「……良いですよ。どうせ私はファザコンですよーだ。増田さんを昔のパパ……お父さんと重ねるぐらいなんですから」
ヘソを曲げる一ノ瀬。その姿がまた増田のツボにハマり笑いそうになったが今回はどうにか耐える。
「いや、本当にごめんて。アレだったら俺のことをお父さんと思って良いし呼んでも良いよ?……まぁ、冗談だけ──「わかりました」──え?」
増田は冗談を言ったつもりだった。
ただ増田の冗談に食い気味に反応する一ノ瀬。そんな一ノ瀬に自分の冗談に乗ってくれたのかなと思い視線を送るが。
なんか、本気っぽいんですけど。え? 今から「冗談でしたーー!」とか言える雰囲気じゃないんですけど……?
増田が焦っている中、一ノ瀬は目を瞑ると何かブツブツと呟いていた。
「……うぅーん? 増田さんがお父さんなら増田さんや純一さん?と名前で呼ぶのはおかしいし。パパ……お父さん、と増田さんを素で言うのも恥ずかしいし……あっ」
良い案が思いついたのか目を開けると増田を見る。見られた増田は先程までの一ノ瀬の呟きが小さくて聞こえなかったと言うのもあるがなんだか嫌な予感もして少しのけ反ってしまう。
「そうですよ! 増田さんは今から私の友達作りのお手伝いをしてくださるのですから。私の友達作りの先生……師匠です!!」
これだ!と言う様にキラキラとした目を向けてくる一ノ瀬。変な方向に行ってしまったと思う増田。
(──流石の俺も師匠と呼ばれるとは思っていなかったわ。友人無いしは協力者。と呼ばれるとは思っていたが師匠とは。なんの師匠なん? 友達作りの師匠とか今日日聞かないな)
増田がどうしたものかと思っている間、一ノ瀬は期待を込めた目線を送り続ける。
なので今、増田が出せる応えは。
「わ、わかった。一ノ瀬さんの師匠にでもなんでもなるさ」
「ん? その言い方、私の師匠になりたくなさそうですね? どうなんですか?……ん?」
乗り気でない増田の様子を見てかそこを敢えて突いてくる一ノ瀬。
「うっ!……あぁ、もう! わかったさ! 君の……一ノ瀬さんの友達作りの師匠を務めさせて頂こう! 今からは一ノ瀬さんは俺の弟子、だからね?」
座っていた椅子から立ち上がる増田はもうどうにでもなーれと言う様に叫ぶ。そんな増田は一ノ瀬の反応を片目だけ開けて伺う。
「はい師匠!! 今後ともどうか不甲斐ない
今までで一番良い笑顔で声を高く伝えてくる一ノ瀬。そんな一ノ瀬の姿を見た増田は「まいったね」と言う様に困った表情を作っていたが、乗り掛かった船だ。最後まで付き合うかと思うことにした。
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