第33話 一ノ瀬祈と父性と
◆
一ノ瀬が増田に自分の友達作りの手伝いをお願いする。軽く承諾した増田。そんな二人は今、増田が住む寮内の部屋にあるリビングにいた。
「……はい、一ノ瀬さん。紅茶で良かったかな? 俺の
苦笑いを浮かべる増田は一ノ瀬がいるテーブルの上に白磁のマグカップを置く。置くと共に一ノ瀬の対面に座る。一ノ瀬の目前に置かれたマグカップの中には増田の言う通り紅茶……アイスティーが入っていた。
このチョイスはお嬢様ならお茶や珈琲よりも紅茶かな?と思った増田の判断だった。自身用にはアイスコーヒーを用意していた。一ノ瀬に用意した紅茶はストレートだが、それとは別に一応ミルクやシュガーもちゃっかりと用意されていた。
「い、いえ! 滅相も無いです。それに私は紅茶が好きなので。えへへっ」
増田が用意した紅茶を手に持つと笑みを浮かべて口にする一ノ瀬。増田をまったく警戒していないことから逆に心配になる程だった。だが増田はそんな純粋な反応を見せる一ノ瀬の姿を見て感動していた。
「……」
(──あぁ、これが本物の
今も「この紅茶美味しい!でも、私は少し甘いのが良いかな?」と言いシュガーを足している一ノ瀬を見て増田は心の中で感涙する。
「……ん? 増田さんはアイスコーヒー、飲まないのですか?」
「あぁ、飲むよ。ただ、一ノ瀬さんが喜んでくれる姿を見ていたら嬉しくてね」
「いえいえ! せっかく用意して下さった物ですし増田さんが用意してくれた紅茶は本当に美味しいので!!」
「……ありがとう」
一ノ瀬の言葉にやられてしまった増田は目頭を少し抑えながらも自身が用意したアイスコーヒーに口を付ける。そんな増田は今までの一ノ瀬との会話から少し違和感を覚えていた。
それは……一ノ瀬はほぼ初対面である筈の自分と普通に会話が出来ている、と。
いや、普通の人だったら会話が成立するのはまぁ当たり前のことだ。だがそれは他の一般人は、だ。一ノ瀬ちゃん相手には通用しない。『ルサイヤの雫』のシナリオ通りでも本庄君と一ノ瀬ちゃんが始めて会話をする時は本庄君が話を理解し、進める。一ノ瀬ちゃんはほぼ喋らず頷く程度だった。それが今はどうだ……? 初対面という訳でもないし。シナリオにも少しは差異はあると思うが流石にこれは……。
今の一ノ瀬を見た増田は違和感を感じると共にこのままいけば「友達作りなど楽勝なんじゃないか?」と思った。なので一ノ瀬には一応自分を頼った理由と今の一ノ瀬でも友達を作れると思うという事を伝えようと思った。
「その、一ノ瀬さん。一ついいかい?」
「うぇ? なんですか?」
アイスティーを飲みリラックスしていた一ノ瀬は増田の言葉に反応するが何処か鈍い。だがそんな事は気にせずに話を進める。
「いや、なんだ。一ノ瀬さんの頼み事を承諾した後に聞くことではないのは承知なのだけど。一ノ瀬さんが俺を頼った
「それは……」
増田から質問された一ノ瀬は持っていたマグカップをテーブルの上に静かに置くと俯いてしまう。
まずったか。もっとわかりやすく優しく伝えよう。
「いきなりで答えづらいよね。ごめん。ただ、少し俺も気になってしまってね。一ノ瀬さんが話せる範囲で良いから教えてくれると嬉しい、かな?」
「は、はい。ただ、笑わないですか?」
「笑わないよ。約束しよう」
「で、では……」
そんな増田の言葉を聞いた一ノ瀬は滔々と少しずつだが話してくれた。
まず増田以外の他の人と上手く話せないこと。増田と以前会って話した時自分の素が出せたこと。それと……増田が自分のお父さんの様で話しやすかった、こと。
「……うぅ、恥ずかしいですが今、話したことが全て、です」
「そ、そうか」
思ってもいなかった意外な内容。一ノ瀬の話を聞いた増田はどんな感情、表情を作って良いのかわからずただ相槌をうつ。
ま、まぁ、一ノ瀬ちゃんが初対面の人関わらず人と話せないのが苦手なのは充分承知のことだが。俺と話しやすいと言ってくれるのはありがたいが……"お父さんの様な存在"と思われていたことも知らなかったし。この歳で言われるとは思わんよ。
初めての展開にどう対応して良いかわからず内心で思考する増田。
「や、やっぱりおかしいですよね。この歳で人と話せないのも。増田さんのことをパパ……お父さんと思ってしまったこと、も」
一ノ瀬は増田の無言を否定的に取ってしまったのか暗い顔を作ると自虐的に呟く。
「……」
──ただ、しょうがないことなのだろう。「一ノ瀬祈」という少女は「東堂姫乃」や「愛沢琴音」と同じで早いうちに父親を亡くし、父親の温もりを知らないのだから。
増田が『ルサイヤの雫』に登場する「一ノ瀬祈」について考えていると目の前の一ノ瀬に変化が起きる。
「ご、ごめんなさい。変なことを言ってしまって……今日の事は忘れてください……」
その場を立ち上がると増田の目の前から逃げる様に立ち去ろうとする。
だが……。
「──俺は笑わないと言った。それに一ノ瀬さんの考えをおかしいと変だとは思わないさ。君の抱えている事情はわからないけど、君が俺のことを父親と思うならそうすれば良い」
増田はそんなことを呟くと今正に立ち去ろうとする一ノ瀬を……抱きしめる。
「──!!?」
抱きしめると共に初めの頃にやった様に赤子をあやすように頭を優しく撫でる。
セクハラだと言われても構わない。嫌われても構わない。ただほっとけなかった。それに少しイヤらしいことを言うならこのままこの話が終わればバットエンドの道に行ってしまうんじゃないかと思ってしまった。だから彼女を無理矢理にでも繋ぎとめた。
有り体に言うならこれは、俺のエゴだ。
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