第55話 お茶の花言葉、それは
増田に突然抱きしめられた一ノ瀬は戸惑いの声を上げる。それでも増田は止まらない。
「一ノ瀬さん……いや、祈聞いてくれるか?」
「ひ、ひぅ!?」
あまり聞かない、というか聞いたことがなかった増田の大きな声を聞いた一ノ瀬は怒られると思ってか体を縮めてしまう。だがそれは思い違いになる。何故なら……。
「本当はさ、許すとか許さないとか、師匠とか弟子とか嘘とか本音とか、どうだって良かったんだよ。俺はただ、君を……祈をほっとけなかったんだ」
「!!」
自分のことを優しく抱きしめてくれる。「ほっとけない」と言われた一ノ瀬は一瞬ビクッと震えると強張った体を増田に預けると静かに耳を傾ける。
「これは俺のエゴだ。自己満足だ。君を初めて見た時何処か儚げだったと言った。そんな君は目を離したら目の前からいなくなってしまうんじゃないかと思ってしまった。だから俺が介入することで君が少しでも幸せになれるなら、寂しい思いをさせないで済むのならと思ったんだ……いや、これもただの俺の言い訳だな」
自分の言葉を否定した増田は眉間を掻くとぶっきらぼうに告げる。
「その、君と本当は友人になりたかった」
「ゆう、じん?」
「そ、そうだ」
恥ずかしかったのか増田はそっぽを向く。そんな増田の行動がおかしかったのか一ノ瀬はやっと笑みを浮かべた。
「ふふっ。友人、て。増田さん、結構可愛いんですね」
「うっ、言わないでくれ」
調子を少し取り戻した一ノ瀬。逆に顔を片手で隠す増田。
「その、増田さんが私のことを友人だと思ってくれることは嬉しいのです。でもどうしてですか?」
「どうして、か。君と関わって行くうちに祈のことが気になったってこともあるけど。俺も祈と話している中で自然体でいれたんだ」
「自然体……」
「うん。話していて楽しかった。まるで友人同士の語り合いのように」
増田に「友人」と言われた一ノ瀬は一瞬嬉しそうな表情になるが、それも本当に一瞬。
「……ですが東堂姫乃さんや愛沢琴音さんとは友人……親密な関係なのではないのですか?」
「……あの二人と親密な関係ということはあっている、が。言っちゃあなんだがあの二人は少し度が過ぎていてな。友人とは言えない……と思う」
「そ、そうなのですか。でも本庄……君とかは?」
「……彼は彼で友人だ。けど、なんか違うんだよ。なんか本庄君は俺に忠誠心みたいな行動をとることがあってさ。まあ、俺の思い違いかもしれないんだけど。だけどなんか対等な友人……ではないのかなぁー?と思ってさ」
「き、気のせいではないですか?」
「そうかなぁー?」
増田の話を聞いた一ノ瀬は少し冷や汗を流していた。
(本庄君。君、隠せてないよ。増田さんにバリバリ疑われているよ。彼も私のことを秘密にしてくれたから私の口から本当の事を言うつもりはないけど……)
いつ本当のことがバレるか分からないと思った一ノ瀬は自分のことと共に本庄努の本性も悟らせないようにどうにか話の話題を変えようと思った。
「わ、わかりました。増田さんが私のことを友人だと思ってくれていることは嬉しいほどわかりました」
「そっか。でもやっぱり本庄君が──「あぁ! そんな話よりも是非私の話を聞いてください!」──う、うん」
それでも本庄努の話を続けようとする増田。そんな増田の話の軌道をどうにか変えられた一ノ瀬は内心胸を撫で下ろしたい思いの中自分が元々話そうと思っていた話をする。
「増田さんはお茶の花言葉というものをご存知ですか?」
「……ごめん、知らない」
「そうですか。唐突な話題でしたからね」
「でもお茶に花言葉なんてあったんだな」
「そうですね。私もお茶を入れるようになってから……亡き父に教えてもらって知ったことでした」
「そっか」
一ノ瀬の話を聞いた増田は少ししんみりとした空気になるのを感じた。
「大丈夫です。もう父……お父さんのことは大分前のことですし吹っ切れているので」
そんな空気を一ノ瀬も感じたからか先程まで涙で濡らしていた一ノ瀬の目にはもう涙の痕跡はなく。何処か前を向くような
そんな一ノ瀬の瞳を見て「強いな」と思った。
「祈はお父さんが好きだったんだな」
「はい。とっても好きでした。大好きでした」
「はは、それはいいことだ」
そんな話をすると二人して笑う。
「お茶の花言葉には「追憶」というものがあります」
「……追憶」
「はい。思い出すんです。お茶を煎れたりお茶を飲んでいる時よく、思い出すんです」
「それは、お父さんとの記憶を……過去をかい?」
「はい。あの懐かしい。けどもう戻らない過去。増田さんのように暖かみがあって優しかった父の……お父さんの笑顔を手のひらを」
そう話す一ノ瀬ちゃんの顔は少し寂しそうで儚げだと思った。
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