第54話 催しを終えて②



 増田が考えていたものの斜め上をいく答えだった。

 一ノ瀬は着ている和服を着崩しながらも頭を下げ、膝をつき目の前で土下座をして自分に謝りの言葉を伝えてくる一ノ瀬を上から眺めることしかできない。


「……」

「……」


 一ノ瀬は増田からの言葉を待ってか土下座を辞めない。

 増田は今の状況が理解できないのか未だに何も言葉を発せない。



「……ふぅ。えっと、俺も今の状況が把握出来ていないわけだけど。何について祈が謝っているのか教えてもらってもいいか? もちろんその土下座体勢もやめてね」


 そんな両者が何も話さない時間が続く。そんな時間を止めるように増田がようやく口を開く。


「そ、そうですよね。いきなり謝られても困りますよね……」


 増田の言葉を聞いた一ノ瀬は土下座を辞めると着崩れてしまったメイド服を直し、座ると増田と同じ目線に合わせ、話し出す。


 増田と知り合いになりたかった為に今まで嘘をついていたこと。本当は友達がいること。そんなことを本当は増田に伝えるつもりはなかったこと。だけど増田の優しさに漬け込むように嘘を突き通すことが心苦しくなったから謝罪と共に伝えたこと、を。


「……」


 そんな一ノ瀬の心の内を静かに聞く増田。



「……こんな私に親身に接してくれる優しいにこれ以上嘘を突きたくなかったんです」

「……」


 一人心の内を吐露する一ノ瀬。

 その目尻には自分が行ってしまった愚かさからか涙を溜めていた。今すぐに決壊してしまうほどに。


「はは、馬鹿ですよね。こんな気持ちになるぐらいなら始めから嘘なんてつかないで増田さんと接したら良かったのに……こんな嘘なんてついている私なんて増田さんは嫌いになりましたよ、ね……」


 涙で濡れた目で増田の顔を一瞬見た一ノ瀬はそれ以上、増田の顔を見て入れなかったのか俯いてしまう。


「……」


 そんな一ノ瀬の元に無言で近付く増田。

 一ノ瀬は息を呑む。


「……っぅ」


 増田が近付いて来ることを感じ取ったからか身構えてしまう一ノ瀬。


「……?」


 だが一向に自分に何も言ってこないしあたってこない増田に疑問を思っているとぽすっと一ノ瀬の頭の上に乗る懐かしさの残る手のひら。


「正直、驚いている。祈が……が俺に嘘までついて近付いてきたことに。俺は一ノ瀬さんのことをそんなに知らないけど、始めの印象は何処か儚げで物静かな子だと思った」

「……」


 苦笑いを浮かべた増田は唖然としている一ノ瀬に伝える。


 増田は『ルサイヤの雫』で知っていた「一ノ瀬祈」のことではなく、この世界であった「一ノ瀬祈」の印象を口にしていた。


「そんな君が自分から俺に話しかけてきて友達作りをお願いしてきた時は戸惑いはあったけど、何処か嬉しかった。こんな俺でも誰かの役に立てるのかなって」


 優しい声量で伝えて来る増田。


 それでもそんな増田の顔を見れない一ノ瀬は視線をずらし俯きながらか細い声を出す。


「でも、私利私欲の為に動いていたと分かった私なんてやっぱり嫌いに──「ならないよ」──え?」


 自分の声に被せるように否定の言葉を伝えて来る増田。その言葉が初め理解できなかった一ノ瀬は顔を上げると涙で赤く腫れた目尻で増田を見る。


「俺は君のことを嫌いにならないと言ったんだよ」


 そんなことを伝えて来る増田の顔は目は、優しかった。


「う、嘘です! だって私はこんなに良くしていただいた増田さんに嘘をついたんですよ!? 私は……悪い子、なんですよ……嫌われて、当然なんです……」


 でも、それでも増田の言葉が信じられない一ノ瀬は声を荒らげる。だが最後になって来るにつれてまた顔を俯かせると声が小さくなっていく。


「そっか。一ノ瀬さんは悪い子なのか。けど──」


 増田は一度言葉を止めると再度一ノ瀬の頭に自身の手を置くと優しく撫でる。


「──けど、俺は君を嫌いにならないし問答無用で許すだろう」

「なんで、ですか?」


 増田に頭を撫でられながらも疑問の言葉を伝える一ノ瀬。


「なんでか。簡単な話だ、君が俺の弟子だからだ」

「……弟子」

「あぁ、そうだ。それに弟子の不始末は師匠の不始末……とはちと違うかも知れないが、弟子の君が何か間違いを、悪いことをしたのなら俺が正すのも許すのも当然だろ?」

「……」

「それに俺は言った。本音を言えるということはとても素晴らしいことだ、と。そこに嘘があったとしても最後に本音を聞かせてくれたのなら、ね」

「!! でも、でも、やっぱり私が……」


 増田が許すと言ってもなお自分が悪いと思っている一ノ瀬。


「あぁ、もう!」

「──あぅ??!」


 そんな一ノ瀬を見た増田は頭を片手で掻くと目の前にいる一ノ瀬を抱きしめる。

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