第41話 いざ、ゆかん遠足へ





 7月6日(月)

 

 子百合澤女子校一年生は遠足に来ていた。


 場所は「嶺林れいりんふれあい公園」。子百合澤女子校……東堂家の敷地内にある公園だ。

 子百合澤女子校に通う生徒達はみんなして何処ぞの令嬢ばかりなので万が一のことも考えて東堂家の敷地にある安全な公園で毎年新一年生は「遠足」という名目上のふれあいを行っていた。


 そんな中遠足のために集まったお嬢様達はみんな動きやすい体操着姿だ。

 そこには姫乃や琴音。一ノ瀬や本庄といった見知った顔もある。


 生徒達は学年主任の先生からの挨拶を今か今かと何故か置いてある椅子に優雅に座りながら待っていた。今回の遠足ではお嬢様達も先生方も盛り上がっていた。

 その理由はなんでもとして来るとのことだからだ。なのでみんなしてそのスペシャルゲストがどんな人物か見極めるため色々な意味で楽しみにしている


 そんな時黒髪を腰まで伸ばした女性が今回の為だけに作られたに上がる。女性が上がるとともにお嬢様達も視線を向けて注目する。


「……では、只今より遠足を始めます……と言いたいところですが、今回は例年とは異なりが来ています」


 舞台上にいる女性が令嬢達や先生方が見つめている中凛とした声でそう告げる。

 その間お嬢様達は誰として口を開かない。期待を込めた目を向けるだけだった。


 この女性は子百合澤女子校一年生の学年主任を務める川瀬五月かわせさつきだ。黒髪をストレートに伸ばし夏なのに紺色のスーツ姿、スタイルも良くそのキリッとした目付きがとても凛々しい先生だ。ただに彼氏を作ったことがないらしい。

 そんな川瀬は他の先生と同様に今回の遠足の為か気合を入れているのか服装もメイクもバッチリだ。


「そのスペシャルゲストは皆様もご存知の通り数日前にあったある事件を解決した人物です。ここ子百合澤女子校の理事長である麗奈様や姫乃様という東堂家の皆様を救ったお方でも在られます」

『『『!!!』』』


 「数日前にあった事件を解決人物」と川瀬の口から出た途端、お嬢様達の期待は最大限膨らむ。


「そのお方は殿方でもあらせます。皆様は誉れ高い子百合沢女子校の生徒です。自身が淑女ということを理解したうえで粗相をしないように対応、お願い致します」

『『『……』』』


 そんな川瀬の言葉に無言ながらも真剣に聞くお嬢様達。


「……問題なさそうですね。ではさっそく御壇上してもらいましょう……、御壇上お願いします」


 そんな聞いたことがある名前が学年主任である川瀬の口から紡がれる。その瞬間「きゃぁぁぁぁ!!」という割れんばかりの歓声が響き渡る。先程までの慎ましい姿はどこに行ったのやら。淑女とは一体。


 スペシャルゲストとやらの為にだけに作られた舞台。その舞台の垂れ幕から黒のタキシード姿の……増田が現れる。表情は笑みを浮かべていた。ただ内心では完全に頰を痙攣らせているであろうことがわかる。

 増田はリップサービスなのか知らないが笑みを顔に貼り付けながらもみんなに手を振って愛想を振りまく。


 そこでまた「きゃぁぁぁぁ!!!」という黄色い歓声が上がる。

 その光景はさながらアイドルを間近で見た人々の様だろう。


 そんな熱狂絶え間ぬなか増田はスタンド型マイクが置いてある壇上に着くと一度足を止める。

 近くにいる川瀬の合図を伺う。増田の視線を受けた川瀬はその視線に気付くと頰を少し赤らめていたがそれも一瞬で「コホン」と一つ咳払いで仕切り直し。


「……こちらにおられます殿方……増田純一様が今回のスペシャルゲストです。先程も伝えましたが東堂家の皆様を救った立役者でもあり勇敢なお方です。では……増田様お願い致します」


 川瀬は増田のことを少し紹介すると後を託すようにサッと後ろに下がりマイクを譲る。今は増田の背後に静かに立っている。


 増田は一歩前に出るとマイクを手に持つ。


「……えー、只今学年主任である川瀬先生から紹介ありましたが、私は増田純一と言います。子百合澤女子校では用務員などをやらせて頂いています。そんな私がこの様な場所に招待されたこと、とても恐縮至極」


 一度頭を下げる増田。


「今日は皆様と少しでも触れ合えたら幸いだと思っています。ですのでどうぞ宜しくお願いします」


 顔を上げた増田は朗らかな笑みを浮かべると紳士な振る舞いを心得ながら全員に伝わる様に流暢に話す。


 だがお嬢様や先生方からは何のリアクションもなかった。いや、違う。みんなして堂々と話す増田のことを頰を赤らめて見ていた。

 そんな中、徐々に徐々にチラホラと声が聞こえてくる。


ですわ……ッ!!』

『あぁ、どうしましょう。何故だか胸のトキメキが止まりませんわ』

『……殿方はお父様やお兄様以外に初めてお会いしましたが……増田様はとてもお優しそうで凛々しいお方なのですね』


 そんなことを囁くお嬢様達はみんなして増田のことを恋する少女の様な面持ちで見ている。


『……あっ』(バタン)

『莉子様!!? お気をたしかに!?』

『……素、敵……』(バタン)

『結衣様まで!!?」


 少数だが増田を見て何故か気を失うお嬢様の続出。

 そんなお嬢様達は先生や待機していたメイドや執事達に介抱されていた。


『……へぇ、なのね。結構良い男じゃない』

『だよね〜それに姫乃様を単独で助けに行く勇気もポイント高いよね〜』

『……ん、結構、好みかも』


 お嬢様達の介抱に間に合わなかった他の先生方は増田をしなだめするように見てそんな話をしていた。


 そんな中、増田はというと……。


「……」


 今も無言で笑みを顔に貼り付け周りのカオスな光景を眺めていた。


 ただその内心は「本物の増田ってなんだよ」とか「俺が現れただけで人が倒れるとか……新手のいじめ?」などなど考えている。


 そんな内心の戸惑いを踏まえて言わせてもらえるなら。


(ダレカ、タスケテェ……)


 心の中で助けを求め泣いていた。


 

 そんな増田はここまでの出来事を思い返す。



 ◇閑話休題回想の初め



 朝目を覚ますと既にの中ではなく高級車に乗せられていた。逃げようにも増田の四方に座る屈強なボディーガード(女性)のせいで動けないでいた。決して良い香りがするから動なかった訳ではない。役得〜とかも考えていない。


 ただ一つわかることは助手席に座っていた川瀬から「の命で増田様が今回の「遠足」に同行する運びになりました」ということを聞かされ。少しの自己紹介と始めの流れを聞いただけだった。


 それ以降は何も言われず何処かへ車で連れてかれる増田。



 ◇閑話休題回想の終わり



(……まったくわからん。誰か真面目に説明プリーズ……)


 みんなに気付かれない程度に肩を落とす増田。


 わかることは「一ノ瀬祈」のシナリオに用務員の「増田純一」というキャラクターは存在しないが介入してしまったor本来の遠足と違う内容に変わってしまったということだった。


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る