第42話 婚約者の威光




 増田の挨拶が終わると直ぐに学年主任の川瀬から「遠足」の始まりの合図が行われる。 

 例年通りならお嬢様達が楽しく触れ合うはずだが……触れ合うことはなく直ぐに我先にと増田の元に殺到するお嬢様や先生方。

 そこには由緒正しい生まれの令嬢の姿や数多の候補者の中から選ばれたエリートの先生方の面影や威厳はなかった。


 そこにいるのはただ貪欲に獲物を捕らえるハンターしか存在しない。


 自分に群がってくるお嬢様達や先生方を見た増田は「ヒィッ!」と怯える。悲鳴を上げるのは男としては些か情けない姿なのかもしれないがどうか許して欲しい。猪突猛進という言葉が適切な様に女性達が自分に目掛けて突撃してくるのだから。

 中にはこの状況が嬉しいと言う人はいるだろう、が。増田は勘弁して欲しいと思う。シナリオにはないストーリーに突入している上にこれ以上女性達に構っている暇はない。


 そんな時助けが入る。


「……皆様、お待ちなさい。これ以上は通しませんわ」

「ごめんねぇ〜? 純ちゃんはって決めてるの〜」


 増田の元へと向かおうとしている人々の真後ろからそんな声が聞こえる。その声が聞こえた瞬間……面白い様にみんなの動きが止まる。声が聞こえた方を向いた生徒や先生方のその顔は蒼白としていた。


 その声の人物は……姫乃と琴音だ。


 どちらとも堂々とした姿で増田の元へ歩いてくる。姫乃と琴音が近付いてくると周りにいたお嬢様や先生方がモーゼの波の様に道を開け二人に譲る。その間を堂々とした足取りで歩く二人。

 そんな二人を見た増田は安心したがその場を動けないでいた。今も舞台の真ん中に陣取っている。学年主任の川瀬は未だに増田の側に寄り添っていた。


 姫乃と琴音の二人はようやく増田の元へと来れた。一瞬増田の側にいる川瀬に訝しげな視線を送る二人だが二人して増田に抱きつく。

 観衆の目など気にすることなく抱きつきながらも増田の腕を取ると恋人繋ぎをする。琴音はわからなくもないが姫乃までもが既に増田の虜となっていた。


 そんな二人に抱きつかれた増田の目は死んでいた。ダイレクトに伝わってくる二人の大きな乳房。そして女性特有の体の柔らかさ。遅れてやってくる心を掴むような甘い香り。どれをとっても男性なら嬉しいことだが毎日のようにされている増田からすると今更何も感じない。ただ恥ずかしいからやめて欲しいとさえ思えていた。


「純一さんはわたくし達の婚約者ですの。ですので気安く彼に触れないでくださる?」


 増田の左腕に抱きついている姫乃は周りを牽制するようにその美貌を携えて言い放つ。


「純一さん、貴方の姫乃が来ました!」


 他の人々を牽制していた姫乃は人々から視線を離すと増田を見上げる。その表情は誰が見ても恋する乙女だった。


「……ソダネェ」


 ただ増田からの返事は簡素だ。姫乃からのあからさまな好き好きオーラにも特に靡かない。


「ふふっ。その素っ気ないお姿もまた素敵ですわ……!!」


 それでも何故か嬉しそうにしている姫乃。今は増田の素っ気ない言葉が嬉しかったのか抱きついていた増田から少し離れると自身の体を抱いている。その姿は何処か艶かしい。


「え、えぇーー……」


 君、あのクールが売りのお嬢様だよね?


 逆の意味で変貌を遂げた姫乃を見て増田はゲンナリとする。


「純ちゃん純ちゃん! 見て見て! 私の体操着姿、可愛い?」


 姫乃を見てゲンナリとしていると右腕に抱きついていた琴音からそんなことを聞かれる。


「うっ」


 琴音の姿を見た増田は少し前屈みになる。何故なら琴音が増田の腕に抱きつきながらも自分の豊満な乳房を強調してきているのだから。そこから形成された谷間と姫乃の姦しい姿も相まって増田の理性にダイレクトアタックを決める。


 自分の方が身長が高いからある一点を直で見てしまった。


「純ちゃん? 大丈夫? お腹痛いの?」


 増田の異変(不自然な前屈み)を感じた琴音は抱きつくのをやめると心配そうに聞いてくる。


「純一さん!!? どうかいたしましたか!!?」


 琴音と同じように増田の異変を感じた姫乃も近くに寄って増田の安否を確認する。他の生徒や川瀬達先生方も心配そうに増田に視線を向けていた。


「あ、あぁ。だ、大丈夫! 大丈夫だから!!」


 流石にここでこの場所で「君達に反応してしまい興奮してしまいました」などと言えるはずがなく。増田は問題ないとなんとかアピールする。


「なら、いいけど……無理そうだったら直ぐに言ってね?」

「そうです。純一さんの体はもはや貴方一人のものではありませんので。それを踏まえても純一さんに何かあったらわたくしは……」


 二人は本当に心から心配しているのか目尻に涙をこさえて増田を見ていた。


 そんな二人を見た増田は。


「二人共ごめん。本当に大丈夫だからさ! それに今日は遠足だろ? なら楽しまなくちゃ!!」


 出来る限り笑顔で安心させるように二人に伝える増田。


「そうだね。そうだよね。純ちゃんとのなんだし楽しまなくちゃ! ね? 姫乃ちゃん!」

「そうですわね。純一さんも問題ないと言っていますしわたくし達のを楽しみましょう! ですわよね? 琴音!」

「うん!!」


 増田の対応が功を成してか二人は普段通りに戻る。ただ「初めての遠足」と言う時に何故か誇張していたが気にしたら負けだろう。


 遠目から見ていた生徒や先生方も増田に大事がないことを確認できたからか胸を撫で下ろしていた。よく見ると周りにいる執事やメイド達が担架や医療器具を持って様子を伺っていた。


 あ、危ねぇ。あのまま行ったら大変な目にあってたわ……。俺の容態を見てただの、そのー……ってわかったらナニを言われるか……。


 最悪な展開を思い浮かべブルリと体を震わせる。


「ほ、ほら! 他のみんなも遠足、楽しみましょう!!!」


 若干頰を痙攣らせながらも一筋の冷や汗を垂らした増田は無理矢理話題を遠足に変える。




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