第18話 それぞれの想い(東堂家)




 パトカーに乗った警察官を見送っていた麗奈だったが姫花にさっき伝えようとしていたことを聞く。


「そうだ、姫花ちゃんはさっき何を言おうとしたのかな?」

「ん!! えっとね! 今日もが助けてくれたの!!……アレ? 純一は?」


 母である麗奈に話題を振られた姫花は思い出した様に笑顔で話す。ただ、今になって増田がどこにもいないことに気付き、周りを見回す。娘の話す内容を理解した麗奈と姫乃は……。


『え?』


 聞き覚えのある名前を聞いた二人は素っ頓狂な声を上げる。そんなある人物を乗せているであろうパトカーは既に発進して遠くを走行していた。

 

「なっ!? あ、あの男は……ッ!!」


 増田にまんまと逃げられたことに今更ながら気付いた椎名は声を上げると悔しそうにも苦虫を噛み締めた様な表情を作る。色々とあり油断していたと言うのもあるが増田相手に不覚を取るとは思っていなかった椎名だった。



 ◇



 パトカーの中。

 

「──あんちゃん。本当にアレで良かったのかい? 助けたのはお前さんなのにお礼も聞かず逃げる様にして?」


 パトカーの車内で寛いでいた増田は運転席にある壮年の警察官に話しかけられる。


「あぁ、良いんですよ。俺はあの親子とは知り合いなのでまた会う機会もあるでしょうから」

「……ハァ、あんちゃんがそれで良いなら俺は何も言わんがな」

「君は、警察官相手に物怖じしないな」


 増田の気にしていないと言った態度に壮年の警察官がため息を吐く中、増田と同い年ぐらいのもう一人の男前な警察官に苦笑いで聞かれた。その質問に増田は適当に相槌を打つ。


「それはそうだろ。俺は何も悪いことは一切していないし。アンタらの"誤逮捕"を無かったことにしているんだから」

「……その件は本当に悪かったさ」

「恩に切るよ」


 増田の口から出た「誤逮捕」と言う単語を聞いた二人は罰が悪い様な表情を浮かべる。


「俺もこんなことでねちっこく言うのは性に合わないんでもう終わりにしましょう。今後何かあれば助けてくれれば良いですよ」

「任せな」

「その時は助けになろう」


 三人は話を終えると警察署まで向かう。



 ◇閑話休題それはさておき



 警察官達と別れた東堂家の住人達は漸く安堵が出来たのかお抱えの料理人が作った夜ご飯を頂くと各自部屋に戻っていた。



・麗奈



「……もう、増田君のいけず。いるのなら顔を出してくれても良かったじゃない」


 麗奈は一人室内にある執務用の椅子に座ると呟く。


「けど、姫花ちゃんを助けてくれたのは増田君かぁ〜。この調子で姫乃ちゃんのことやして、ね。高望みしすぎかなぁ〜。けど、期待しちゃうのよね……」


 麗奈はそんな言葉を零すと執務用の机の上に置いていた沢山の資料の内一つを手に取り折り畳まれていた物を開くと目を通す。


 麗奈が持つ資料には「婚約届け」と書いてあった。それは麗奈宛ではなく「姫乃」宛だ。その「婚約届け」には写真付きで相手の写真が貼られていた。写真には写る人物はでっぷりとして肥えた蝦蟇ガマガエルの様な見た目の中年男性だった。その中年男性の名前を「比嘉洪ひがひろし」と言う。


「……」


 その写真を見るのはもう何度目かになるが、と考えると気分が悪くなってしまう。勿論、姫乃にも姫花にも自分や若菜の様に政略結婚なんかになって欲しくない。出来れば娘達が好きだと心から思える人物と一緒になって欲しいと常に願っている。


 ただ、この「比嘉洪」という男は諦めなかった。麗奈は「比嘉洪」問わず娘達に「婚約届け」を出してくる輩は全て権力やお金の力で突っぱねて断固としてお断りをした筈だった。だが、「比嘉洪」だけは毎日の様に姫乃宛に「婚約届け」を送ってくる。終いには東堂家を脅す様な内容の手紙を出してきたり、姫乃と姫花の父親であり自分の夫であった「東堂東弥とうどうとうや」が過去に起こしたなどを公に出し娘達の人生を台無しにするなどと言ったことも脅しの材料として使ってきた。


 今はどうにかして娘達を守れている状況だが、こんな状況がずっと続けばいずれは……。


「……増田君、君ならこの状況をどうする? あの日の様に手を差し伸べてくれるの?」


 室内に取り付けられた窓から麗奈は見上げる。夜の帳が落ちすっかりと真っ暗になっている夜空を見上げらながら麗奈は祈る様に言葉を洩らす。



・姫乃



 姫乃は夕食を食べ終わると自室に戻り学校の課題を黙々と行なっていた。姫乃は学生であり、勉学が主な仕事である。そんな姫乃は一心不乱に自習ノートにペンで走り書きをしていた。が、休憩なのか一度ペンを止めると自習机の上に音を立てずにそっとペンを置く。


「ふぅ。あまり根詰めても集中が切れるだけですから休憩も必要ですわよね。……それにしても増田さん、ですか」


 休憩の為に一休みを入れていた姫乃だったが、この頃よく話に上がり自分とも接点を持つ様になった男性の名を口にする。

 未だに男性に苦手意識を持つ姫乃としては自身の口から男性の話など口にはしたくはない。だが、今回も合わせて色々と助けてもらったのは確かだ。始めの頃などは増田をだからと言う理由だけで言われのない罪を被せてしまった訳なのだから。


「……男性の中では良く出来ている人なのかもしれませんが、わたくしは騙されません。わたくしは男性の醜悪さ狡猾さ残虐さを良く知っているのですから」


 ただ、やはり姫乃としては「男性」という存在は自分と相入れない存在なのかそれでも増田に心を開く事はない。開く事はないが、以前と比べて姫乃の男性への意識が変わっているのは確かだろう。前までなら何があろうと男の話題など出さない、男の名前など覚えず、口には出さなかったのだから。


 そんな姫乃は自身に迫る地獄とも呼べる様な出来事が自分の身に降り注ぐことを今は知らない。



・姫花



 姫花は夕食を食べた直ぐにお風呂に入り寝る準備が既に出来ていた。今はまだ7歳という年齢で小学1〜2年生ほどの年齢だが、家柄か教育が良かったのか同い年の子供よりもしっかりとしていた。

 ただ、しっかりとしているがやはりまだ子供であり遊びたい年頃だ。そんな姫花はウサギが所々にプリントされた可愛らしいパジャマ姿でキングサイズはあるであろう大きさのベットの上を楽しそうにゴロゴロと転がっていた。そんな姫花の行動を目を閉じて黙認している人物がいた。その人物はメイド長である椎名だった。椎名は何を言うでもなく近くに鎮座している。


「──んんーーーー!! 次は必ず純一を捕まえる!……でも、どうしたら逃げられない様に出来るのかなぁ?」


 永遠とベットの上を転がり続けていた姫花だったが、突如動きを止めるとそんなことを呟く。転がる行為の際考えていたのは増田を「捕獲」する為の手順だった。


「──あっ!! 椎名お姉ちゃん!! 椎名お姉ちゃんなら純一の弱点とか知っている? お友達なら何か弱味も知ってるはず!!」


 そんな中、自分では良い案が出ない為難航していた姫花だったが近くにいた椎名なら増田の友人なので何か知っているはずだと思ったのか聞く。話題を振られた椎名は目を開けると口を開く。


「──そうですね。を捕まえようと思うなら簡単ですよ。姫花お嬢様」

「本当!! 教えて教えて!!」


 目をキラキラと輝かせると椎名に教えを乞う姫花。どうやらどうしても増田を捕まえたい様で。


「わかりました。姫花お嬢様のご期待に答えましょう。……それがこちらになります」


 椎名はそう言うとメイド服の一つのポケットから黒くゴテゴテとした長い物体を取り出す。なんでそんなものがメイド服のポケットに入っているかは秘密だ。ただ、椎名は始めから姫花が何を思っていたのかわかっていた様だ。なので事前に用意していた。


「おぉぉーーー!! でも、これは何?」


 椎名が取り出した物体Xを興味津々で見ていた姫花だったがそれが何か思い当たらなかった為椎名に聞く。


 聞かられた椎名は一つ頷く。


「はい。こちらの武……道具はと言います。増田さんなど直ぐに仕留……動きを止められる道具となります」

「スゴイ!! すたんがん!!!」


 椎名の説明を聞いた姫花は「すたんがん」を見て「きゃっきゃっ」と喜ぶ。椎名の言葉に所々不遜な言葉が紛れていてツッコミどころはあったがツッコミ役が今は不在な為話は進む。


「はい、スタンガンは凄いのです。ただ、こちらの道具は重く姫花お嬢様が一人で扱うには少々危ない為私が同行しますのでその時に増田さんをましょう!!……その時に今までの怨みが晴らせたら──」


 姫花に快活に伝えていた椎名だったが最後らへんは本性を隠すことなく増田の恨み辛みを小声でブツブツと呟いていた。


「わかった! 椎名お姉ちゃん頑張ろうね!」

「はい、姫花お嬢様にお供します」


 姫花は椎名の異変には気付く事なく純粋な笑顔で椎名に伝える。その後直ぐに姫花は今日の出来事で疲れてしまったのか倒れる様に寝てしまう。「すーすー」と可愛らしく寝息を立てる自分の主人を布団に入れると椎名は姫花の部屋を後にする。


「──姫花お嬢様、おやすみなさい」



・椎名



 姫花の部屋を後にした椎名は自身も寝る準備を整える。お風呂に関しては使用人用のお風呂が備え付けで部屋の中にある為そちらで入浴は済ませている。今は髪を下ろしている為サイドテールではない。猫がプリントされている白色のパジャマ姿だ。


「……はぁ。この頃、麗奈様から「増田」という単語を良く耳にすると思いましたがそれが「」の事だとは思いも知りませんでした。姫乃お嬢様も姫花お嬢様とも接点を持つとは彼は一体何をしているのかしら……?」


 自身のベットの上で寛いでいる椎名はハート型でピンク色のアクセサリーを優しそうな手付きで撫でながら呟く。


「……まぁいいわ。東堂家の皆様と接点があるということはその内彼とも会えるでしょうから。姫花お嬢様とも「」を捕まえることを約束したものね。その時に問い詰めれば良いわ。……今日何も言わずに逃げたことも含めて、ね」


 悪い笑みを含みながらそんなとこを呟く椎名は大事そうに持っていたハート型のアクセサリーを枕の横に置くと室内の電気を消し、自身も就寝に着く。














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