第13話 テイク2 健全版?




 

 変な事を妄想してしまった若菜だったが、流石にそんな放送コードに引っかかりそうなことなどできるはずもなく、出来るだけオブラートに、なお、健全的に「お願い」をする事にした。


 今は始めと同じ様に増田の対面にあるソファーに腰掛けている。


「そ、その。純一君、さ。す、す、好きな……」

「?」


 その話を聞いた増田は「?」となり若菜の話に耳を傾ける。


「す、好きな……食べ物はありますか!!!」


 増田と同じぐらいのヘタレな若菜は増田本人に「好きな人はいますか」などと口が裂けても言えず、全く異なることを聞いてしまう。


 ただ、増田は若菜の話を聞いて「あぁ、お昼ご飯の話かな?」と、思ったのか口を開く。


「んーーー、そう、ですね。なんでも食べられますが。強いて言うならで、好きな食べ物と言うと──」


 若菜の質問に真面目に答える為か考えるように目を瞑る増田。


 もう、私のお馬鹿。純一君の好きな食べ物なんて聞いてどうするのよ。そんなものとっくのとうに知っているのに……でも、それでもしっかりと考えてくれる純一君、やっぱり優しいなぁ〜。


 自分の質問に真面目に考える増田を見て笑みを浮かべる若菜。


 そんな中、増田は無難に考えたようで。


「──やっぱり、親子丼ですかね?」

「あぁ、親子丼ね。美味しいわよね。私も好きよ親子──ッ!?」


 無難に答えた増田だったが、若菜の脳内では良からぬことを考えてしまったようでフリーズする。ただ、それは一瞬のことで若菜は増田の話をある事に捉えてしまい考えてしまう。


 お、、ですって!? こ、この状況で親子丼をチョイスするのね。純一君がそんな子だとは知らなかったわ。で、でも、彼がそう言うなら乗るしかないわね。


 何かと勘違いした若菜は「乗るしかないこのビッグウェーブを!!」と言う様に内心で思うと頰を少し赤く染めながらも増田に顔を向ける。


「ん? どうかしたんですか?」


 自分の言葉に過剰に反応を見せる若菜が気になったのか話しかける。


 そんな増田を見て若菜は舌を巻く。知っていながらも「」という純情ボーイを装う増田を見たからだ。


 実際、何も含みもなく答えた増田からすると若菜の勘違いだが二人はすれ違いを起こしているためわからない。


 増田がただ「親子丼」を食べるので好きというのと。


 若菜が増田が口にした「親子丼」という単語を違う表現で間違えたことを。


「──ふ、ふふっ。良いわ、純一君がそんなにを好きだとは知らなかったけど、敢えて私は聞いてあげるわ。因みに鶏肉はどちらが好きなの?」


 余裕の態度を取る若菜は増田に聞く。


 ルビが少しおかしい様に思えるが増田が気付けるわけもなく。


「いや、別にそこまで親子丼が好きってわけではないですが……そうですね〜、俺は鶏肉ですかね〜」

鶏肉!?」

「え、えぇ。鶏肉か卵かって聞かれれば大体の人が鶏肉と答えますよ。多分。卵は勿論、コクとかが出て半熟のあのトロトロが美味しくて親子丼の要ですが、鶏肉はあのジューシーな味わいと肉付きが良くて、それも相まって汁に染みてまた美味しさを引き立てますからね」


 若菜の過剰すぎる反応に驚きながらも増田は自身の考えを伝える。


「……」


 そんな中、若菜は顔を真っ赤にするとまたもフリーズする。


 純、純一君は私が好き。私達は両想い……それに、健康的な琴音よりも肉感がある鶏肉が好き(言ってません)。そして、鶏肉を今直ぐにでも味わいたいなんて(真面目に言ってません)……。


 若菜は絶賛勘違いするとその場で尻餅を付くように座り込む。


「え、えへ、えへへっ、えへへへ!!!」

「……」


 座り込んだと共に若菜は不気味な笑みを浮かべる。そんな若菜を見て増田は頰を痙攣らせる。


 わ、わからない。若菜さんが何を考えているのかまったくもってわからない。親子丼って、じゃないよな? 流石に若菜さんの様な人の口からそんなお下品な言葉が出るわけはないか。やはりデータにないキャラクターほどわからない人物はいない、な。これだから会いたくなかったんだ。


 増田は今の若菜の状況が何一つわからず、何も出来ないでいた。そんな中、救世主が帰ってくる。


「たっだいま〜!! 琴音、只今戻りました〜……ん? どうかしたの?」


 増田と若菜がいるリビングのドアを開けた琴音は左手に買い物袋を持ちながら元気よく帰還したことを伝えた。だが、雰囲気がおかしいことに気付き、近くにあるソファーに座っていた増田に問い掛ける。


「いや、俺も正直わからなくて困っている。若菜さんに好きな食べ物を聞かれたから親子丼と無難に答えたのだが、いきなり若菜さんがおかしくなって」

「むむむぅ、それは私もなんだかなぁ〜だね。私もこんなお母さん見たことないよ」

「だよな。俺もわからないもん」

 

 二人がそんな会話をしていると少し、我に帰った若菜が琴音が帰ってきた事に気付いたのか顔を向ける。ただし、その顔はどこか勝ち誇ったような顔をしていた。


 その事に琴音も増田も首を傾げる。


「ふふっ! 琴音ちゃん。悪いけど私に譲ってもらうわよ!!」

「え? 私が何をお母さんに譲るの?」


 琴音は若菜の意図がわからず、聞き返す。そんな琴音に余裕の笑みを見せる若菜は。


「何って、純一君に決まっているじゃないの。彼は言ってくれたのよ。琴音ではなく、鶏肉が食べたいほど好き、だと。だからごめんなさいね。貴女の気持ちは叶わないわよ」

「……」


 若菜の話を聞いた琴音は無言になる。「ギ、ギギィー」という様な音が聞こえそうなほど機械の様に首を動かすと増田に顔を向ける。


「ヒイッ!?」


 琴音の表情が怖かったのか増田は情けなくも悲鳴を上げる。


 なぜなら、琴音の表情は能面のように表情を消し。目に一切の光が灯っていなかったのだから。そんな琴音は口を開く。


「言え。どういうことか、言え。純一??」


 増田のことを「純ちゃん」と呼んでいた琴音はそこにはいなかった。今は増田のことを「純一」と呼び、持っていた買い物袋からお昼の食材として買っていた大根ではなく、何故か所持していたペーパーナイフを取り出すと増田に向けて構える。


 救世主だと思った存在は実は刺客でした!


「ま、待ってくれ琴音ちゃん!? 若菜さんが今、言ったことは俺は何一つ言ってないから!! これ、マジ!!」


 今の琴音が怖かったのかなりふり構わずに琴音に弁明する増田。


 このままではナイスボートまっしぐらだ。


「嘘」


 増田の弁明を一掃すると琴音はジリジリと増田に近付く。


「なんでぇ!? ちょっ若菜さん!! 早く琴音ちゃんに本当のこと話してあげて!!」


 琴音に向けていた視線を若菜に移す増田。ただ、当の本人は。

 

「そっかぁ〜、純一君は私のこと好きだったのかぁ〜。そんなことならもっと早くプロポーズしとけばよかったなぁ。でも、純一君が選んでくれたなら……」


 頼みの綱は恋する少女の様な表情を浮かべるとブツブツと何か話していた。


 や、ヤベーよ。今がどんなルートかもシーンかも知らないけどこの状況を打開しなくては俺の運命が終わるのがわかるぅぅぅぅぅ!?


 そんなことを考える増田はある事に賭ける。今の琴音はただの「ヤンデレ」ではなく、増田のことを強制的に矯正させる「ヤンデレ・殺」モードに入っている。


 「ヤンデレ・殺」モードとは『ルサイヤの雫』でも主人公の「本庄努」が粗相(主に女性関係)を犯すと時たまになるモードだ。なので今の琴音には土曜日昨日の様に単純な言葉で落ち着かせるのは困難を極める。


 なので、ある賭けにでる。


 それは──



「お、お、俺は若菜さんも、琴音ちゃんも両方好きだぁっ!!! だから、どちらかを選ぶのは無理、です……」


 ソファーに座りながらもその場で土下座の態勢を作ると琴音と若菜に伝わる様に叫ぶ増田。最後らへんの言葉は尻すぼみになっているがしっかりと伝えられた。


 この賭けは2分の1の確率でバットエンドとなるが、運が良いと二人とも許しくれる。と言う流れになるが……。


「は?」

「あ?」


 琴音と若菜は冷気を纏わせた様な声を上げると二人して増田のことを睨みつける。


 やっぱり二人とも親子なんだね。すっごくそっくりだーい!! オラ、ワクワクするわーけねぇだろぉぉぉ!!!?


 ヤケになった増田は頭を抱える。


 どうやら賭けは失敗の様で……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る