第61話 労いと遅効性の罠②




 ただ増田はわからない。一ノ瀬が何を……ナニをわかったのか。


 君はナニをわかったと言うんだい?


「私も少し取り乱しました。大丈夫です。私も知識はあります。あれですよね、男性の方がなりがちな生理現象の……ぼっ──「あぁーーー!! そう! 昨日夜遅くまでボックスダンスの練習をしていたらある場所を強く強打してしまって腫れてるんだよ!!」──ダンス?」


 一ノ瀬の口から言ってはいけない言葉が出そうになったことを察知した増田は無理矢理割り込み無かったことにする。苦し紛れの言い訳なのは承知だ。


 わかってるよな? 一ノ瀬ちゃんは何も言っていない。ぼから始まる言葉は何も、な?


「そうそう! ダンス。なんで祈が気にすることはないぞ。うん。今は俺から祈に労いをしたいからこの話はまた今度にしよう!!」

「そう、ですね。そうですよね。こんな話よりも私も増田さんに労いをしたかったんです」

「お、おお! ありがたい。期待しちゃおーかなぁ??」


 なんとか話を変えられた増田は心底ほっとしたからかハイになっていた。


「はい! 丁度増田さんも苦しそうなので私の手で鎮めて──「わかった! 俺が悪かった!! なんでも言うことを聞くから少し黙ろうか?」──どうしたんですか?」


 増田の慌て様に何もわかってない様な装いで首を傾げる一ノ瀬。


「いや、どうしたもこうしたも。祈が、その、アレを、アノことを口にしようとするから」

「?? アレとかアノとか増田さんがどの話をしているのかわかりませんが、私は増田さんの腰を揉んであげようとしたんですよ?」

「あぁダメだ! そんな言葉を女性がお嬢様が使っちゃ!! 腰を揉むとかそんなエロいこ……と? ん? ちょっとまって、腰?」


 一ノ瀬の言葉を止めることしか考えていなかった増田は何か勘違いをしていた。


「は、はい。私は初めから労いのために増田さんの腰を揉むつもりでしたが……その、エロ……とは?」

「……忘れてくれさい。俺の勘違いです。本当、すみません」


 増田は自分の先走りを悔やみながらも土下座をする勢いで頭を下げて謝る。


「別に私は気にしてませんよ。増田さんがどの話をしていたかわかりませんし」

「……そう。なら頼もうかな」


 気力的に色々と疲れてしまった増田。そんな増田はもう流れに任せることにした。

 実際自分が腰を痛めているのは本当のことだ。用務員の仕事を頑張りすぎたのかまだ30歳にもなっていないと言うのに腰に来ていた。 


「でもどうしましょう。増田さんの……も痛そうですし、うつ伏せになるのは厳しいですよね?」

「ん、ああ。今はうつ伏せは勘弁して欲しいかな。それにあれだったら別に今日じゃなくて日を跨いでもいいし」

「いえ、できれば今日増田さんのことを労いたいです。……あっ! なら増田さん」

「何かな?」

「膝枕をした手前申し訳ないですが一度起き上がってもらって私に背を向ける感じになってもらっていいですか?」

「……」

「増田さん?」


 一ノ瀬の言葉を何も反応を返さない増田。ただ間違ってはいけない。決して一ノ瀬からの膝枕が名残惜しいから起き上がりたくないとかは……少ししか思っていない。

 しかしそんなことよりも何か視線を増田は感じていた。それが誰からの視線なのかわからないが。


「あのー、やっぱりこのままの姿勢でいいかな? 祈は肩を揉んでくれるだけでいいからさ?」

「増田さんがそれでよろしいのなら」

「はい、全然問題なきです」

「わかりました。では肩の力を抜いていてくださいね〜」


 そう言うと一ノ瀬は増田の肩を揉み出した。

 揉んでいる間も「どこか痛くないですか〜?」や「ここら辺ですか〜?」などと聞いてくれるので大分肩の凝りが解消した様に感じた。


「はい、これでラストです」

「う〜ん、お願いします〜」


 一ノ瀬の言葉にだらけきっている言葉で返す増田。

 そんな増田の肩を揉む……ではなく増田の顔に自分の顔を近付けると覆いかぶさるような姿勢になる。


「えーと、祈?」


 不意を突かれた増田は戸惑う。

 そんな増田の戸惑いを知ってか知らぬか一ノ瀬はクスッと笑う。


「これで私の増田さんへの労いは終わりになります。ですが最後に私の想いを聞いてくれますか?」

「え? え?」


 未だに状況が把握できない増田。それでも一ノ瀬は止まらない。


「私言いましたよね。増田さんのことを一目惚れをして好きだって」

「あ、あぁ。でもそれは家族愛なんじゃあ?」

「それがもしも本当の気持ちだったら?」

「それって……」


 なんとなく一ノ瀬の話す内容がわかり始めてきた増田。

 そんな増田に確信を持たせる前に一ノ瀬が先に口を開く。


「それは、私が増田さんのことを──「ばん!」──!!」


 ただ一ノ瀬が言葉を伝える前に乱入者が現れる。

 増田と一ノ瀬の二人しかいなかった部屋の扉をいきなり開け放ってきたと思うとズカズカと入ってくる。


「ふふっ、ふふふっ。その話、わたくし興味がありますわ。なのでわたくしも混ぜていただいて宜しいですか?」


 黒い笑み……と間違い、満面な笑みを顔に貼り付けた姫乃がそこにいた。片手に枝切りハサミを持った状態で。よく見るとその目は笑っていがピクピクと引き攣っている様にも見えなくもない。


 うん、部屋に入ってきたことは別に問題ないけど。そのハサミは何? ナニを切り落としにきたとか言わないよね?


 微かに体を震わせる。


「さぁ! 潰すよ!!」


 そしてもう一人の乱入者である琴音はそんなことを叫ぶと満面な黒い笑みで片手に持っているセットハンマーの片方を振り回す。


 待って待って! 君に至ってはさっきから俺のある一点しか見てこないし「潰す」って完全に一箇所しかないじゃん。やめてよ! そのセットハンマーでナニを潰すき!? お嫁に行けなくなる!


 狂気すら感じる琴音の姿を見た増田は内心パニックを起こす。


 ただそんな増田はまだ希望を持ってはいない。今一人ではない。一緒に一ノ瀬もいるのだから。なのでそんな頼れる存在に顔を向ける。


「あ、あぅ、あぅ」


 二人の登場を瞬時に悟った一ノ瀬は俊敏に増田から離れると蛇に睨まれたカエルのように顔を青ざめると震えていた。


「……」


 増田はそんな一ノ瀬を見て「ダメだこりゃぁ」と一瞬で悟った。


 そう言えば一ノ瀬ちゃん、琴音と東堂さんに苦手意識みたいな雰囲気あったよな。積んだな。


「さぁさぁ、増田さん。わたくし達に今の状況を、そして一ノ瀬さんとのご関係を教えてくださるのですわよね?」

「純ちゃん〜〜? 返答次第では、わかってるよね?」


 一応まだ冷静さを残している二人は持っている凶器を持った手を下ろすと増田との話し合いの場を設ける。


「はは、ははは……はぁーーー」


 もう、笑うしかないと思った。











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