第21話 腐れ縁との出会い




 増田の目の前に現れた人物は自分の事を怨敵であると思っている小鳥遊椎名だった。

 ただ、今は増田としてもあまり会いたくない人物ではあった。それは以前姫花と椎名を助けた際に何も言わずに逃げたという負い目があるからだ。


(——今更な話だが何で俺は何もしていないのにこの世界の「増田純一」のせいで敵認定されにゃあかんのだ。本当に……)


 椎名を目前にして内心で悪態をつく増田。ただ、そんな増田の内心など知らない椎名は増田に疑いの目を向ける。


「……純一。貴方此処に通っているお嬢様達を自分の手篭めにしようとか、思っているんじゃないでしょうね? その為にそんな作業員の様な真似事をして貴方は潜入したというの?」

「いやいやいや! 待て待て待て待て!! 待ってくれ! 俺が正規で此処、子百合澤女子校に就職したっていう考えは無いのか?」

「あるわけないでしょ!!」

「あっはい」


 椎名の訳の分からない言いがかりに「待て!」を掛ける増田。そんな増田は自身の考えを伝えるが椎名に一瞬で一掃されてしまう。


 いや、この目の前の女に即否定されたからと言って何故俺は何も言い返さない。普段の俺だったら何か言っているだろうに。……この身体がそうしているのか?


 違和感を感じた増田は自身の身体が元々この目の前にいる小鳥遊椎名という女に屈服している為"言い返せない"のでは?と思うことにした。だが、今はこの身体は自分が主導権を握っている。なのでこの女に反発をするのは当たり前だ。


 少しでも弱気で出ていれば負けてしまうと思った増田は強気で出る。


「……結局俺に何を言いたいんだよ? 俺がもしお前の言う通りにこの女子校に無断で潜入? していたとしよう。学校の関係者に何か言われるなら俺は従うが無関係のお前に言われる筋合いはないのだが? そこのところどうなんだ? あん?」


 その場で立ち上がると増田の話を静かに聞いている椎名に向けて増田の方が身長が高いというポティンシャルを使い上から威圧する様に伝える。


「——ッんぅ」


 増田に良い様に言われていた椎名は何か反発するわけではなく、何故か下を俯くと肩を震わし声を漏らす。その声が少し艶かしい様に聞こえた増田だったが「コレは椎名が言い返せないから屈辱から来るナニか」と思い尚も椎名を窮地に追い込む?


「お、おいおい、下を向いてちゃあ表情がわからないだろ? ほら、上向けよ? 何だ? 図星を突かれたから恥ずかしいのか? どうよ? なんか言えよ? えぇ?」

「……」


 椎名が何も言わない事を良いことに言いたい事を言うただの輩になり下がる増田。ただ、椎名はそれでも何も言わない。よく見るとそんな椎名の首筋も耳元も何故か赤くなり「ハァ、ハァ」と息も何処か荒い様に感じた。


 ……なんか俺がイケナイコトをしている様に見えてくるな。いや、そんなことは俺は決してしていない。俺はただ潔白を証明するために無実を主張して椎名の考えを否定しているだけだ。そうだ、だから何も問題はない。


 そう思った増田は強行突破に出る。自分から何かを言っても言葉で何も返さないなら椎名の顔を無理矢理上げたらどうなるか、と。


「い、良い加減にしろ!! 俺もお前に構っている暇はねぇんだよ!! さっきから荒い息を吐きやがって舐めてるのか!!!」


 椎名の元に近付く増田は自分より少し身長の低い椎名の顎を大胆に触り持つと上に上げる。顎クイの要領で顔を上げようとしたのだ。


「や、やめて……」


 すると増田に顔を無理矢理上げられた椎名は珍しくも少女の様なか細い声を出す。そんな椎名の顔は何処か怯えた様に震えて涙を少し目頭に溜めていた。頰も上気していて何処かエロい。あっ、違うアダルト。ん?コレも違う? あぁ、ボッ……。


 まぁ、簡単に言えば増田は椎名の顔を見て雰囲気に当てられて興奮していた。  


「ヘ、ヘヘ! 泣いても許さねえよ!! この——はぅっ!!?」


 興奮した増田だったが良い気になり何かを椎名に言う途中いきなり奇声を発するとその場で倒れ伏す。今の一瞬で何が起きたと言うと……増田の手の位置を見れば自ずと直ぐに理解できるであろう。


 増田は今、倒れながらも自身の股間を両手で押さえながらも涙を流して喘いでいた。

 増田の身に何が起きたというと……椎名に股間を足で蹴り挙げられたのだ。


「……」


 股間を押さえて蹲る増田の姿を白けた顔でさっきのお返しなのか上から目線で眺めている椎名。その表情には増田への侮蔑はあっても先程までの上気した艶かしい表情など何処にも無かった。

 椎名は無言で倒れながらも痙攣する増田の元へと中腰になり近付く。すると耳元へ自身の口を近付けるとある事を呟く。


「……そうね。貴方は正規で入ったから問題は無いかもしれないけど今、正に私に行った様な"セクハラ"をしたと上層部に知れ渡ったらどうなると思う? 証拠も録音機で貴方の言葉の数々を録音していたから問題ないわ。どうする? ねぇ、純一君?」

「——!!?」


 録音機だと思われる物を左手で弄ぶように持ちながら増田を脅す椎名。


 声にならない悲鳴をあげる増田。そんな増田の姿を見て被虐的な表情を浮かべる椎名。


 この時に漸く増田は気付く。


(——は、ハメやがったナァァァァ!!?)


 アレの痛みに耐えながらも自身が椎名という女性にまんまとはめられた事を。


 増田が内心でも現実でも脂汗を垂らしこの今の状況の打開策を考えている中、被害者である椎名は……可笑しそうに笑う。


「ふ、ふふふっ、ふふ! 貴方も変わらないわね純一。馬鹿でお人好しで、本当……」

「——え?」


 完全にお終いだと思っていた増田だったがいきなり目の前で笑い出した椎名の姿を見て唖然としてしまう。そんな中、状況がわかっていない増田に椎名の口から伝える。


「今までのことは冗談ってことよ。何? 私が少し雰囲気がおかしいのは演技じゃないと思った? 私が子百合澤女子校の上層部に貴方にセクハラをされたと言うと思った?」

「ま、まぁ、何か本当ぽかったし。お前ならやりかねないのかと、思ったし」


 そんな椎名の話を聞き「冗談なら俺の息子純ちゃんを蹴らなくても良いだろうに……」とは思ったがそれは伏せて無難に相槌をうつ。


「馬鹿ね。私がいくら貴方を嫌っていてもそんなことはしないわよ。コレは貴方が以前逃げたことと今までのことの仮のお返しよ」


 そう言う椎名は何処か呆れた様な表情をしていた。そのまま話を続ける。


「それに、貴方のことは信頼はしていないけど信用はしているのよ?」

「俺を? お前が?」


 椎名の言いたいことがわからない増田は聞き返す。そんな増田に頷く椎名。


「えぇ。だって貴方自分から女性に手なんて出せないでしょ? ヘタレの上、童貞なんだから」

「……あ?」


 増田を小馬鹿にする様な態度を取る椎名に流石の増田も聞き逃せられない言葉があった。増田は椎名の言う通り童貞でありヘタレだ。だが……。


 お前も処女の癖に俺にどうこう言える立場かよ……ッ!!


「何よ? 本当の事でしょ? さん?」


 睨む増田に飄々とした表情で煽る椎名。



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