第5章 女の敵は、女ですわ

第28話

 魔の森は、さすが『魔』の森だ。

 知識として知っていても、やはり、現実を見ると、自分の考えの甘さを痛感する。

 街道沿いは、比較的人の通りもあったし、魔物よけのお香でも十分な魔物しかいなかったのだろう。しかし、この森の中は違う。


「ロー、そっち行ったぞ」

「ああ、任せろ」

「ほらよっと」


 目の前で斃されていく大きな魔物たちを見ては、身動きがとれなくなる自分が嫌になる。すでに何度か襲撃を受けているのに、まだ、慣れない。この濃厚な血の匂いも、駄目だ。思わずハンカチで口元を覆う。


「お嬢様、もう少しの辛抱です」

「わかってるわ」


 私のそばを離れずついてくれているキャサリンには、感謝しかない。私よりも訓練などでケガもしたことも、見たこともあるからだろう。私なんかよりも、全然、普通だ。


「よし、もういいだろう」


 ヘリウス様の声で、すぐに動き出したのはパティ。斃された魔物たちの皮を剥ぎ始める。これも何度見ても慣れない。たぶん、冒険者としては必須のことなのだろうけれど。

 そう思うと、私には向いていないのだろう。

 彼女が手際良く処理したおかげで、すぐに移動が可能となった。相変わらず、私には態度が悪いけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 一応、移動中は魔物除けの香を使っている。しかし、どんどん森の奥に入って行けば行くほど、効き目がない。所詮、小さな魔物しか寄せ付けないというだけで、大きな魔物には効き目があまりないようだ。便利だと言われるものが使えないという不安を初めて知った。

 こんな深い森の中では馬は使えない。入る前にシャイたちと別れた。スレイプニルに懐いていたので、彼と一緒に安全な所に行ってくれていれるに違いない。


「もう少ししたら日が落ちるな。野営できる場所の目途をたてないとな」


 空を見上げるヘリウス様に、皆が頷く。

 あとどれくらい歩けば、森を抜けられるのだろうか。憂鬱になりつつも、私は母たちがいる辺境まで逃げなきゃいけないことを思いかえす。でも足は重い。

 気が付けば空が濃い藍色に変わり、星が光り始めている。


「よし、ここらで休むか」


 その声に、ガックリと腰を落としてしまう。それを慌てて支えてくれるのはキャサリン。


「お嬢様っ」

「キャサリン、ごめん」

「いえ」


 そんな私たちに、冒険者たちは目もくれずに、野営の準備を始めている。

 森に入って三日を過ぎた。もう彼らも私たちに気を遣う余裕もないらしい。それだけ森の奥に来ているということだ。私たちは邪魔にならないように、隅の方に固まる。

 そんな私達に目もくれず、食事の用意をしだすパティ。疲れ果てて何も手伝いが出来ない自分たちが、恥ずかしい。

 つい、大きくため息をついている所に、ヘリウス様がやってきた。


「大丈夫か」

「……大丈夫に見えます?」


 ついつい、意地の悪いことを言いたくもなる。

 だって、所詮、貴族のお嬢様。自覚あります。小さい頃に多少お母様に鍛えられてた記憶はあるとはいえ(本当に多少なのだ)、かなり経っている。

 王都に行ってからは、貴族の令嬢としてのマナーや社交を学ぶことしかしていなかった。当然、体力だって落ちるに決まっている。


「そうだな、まぁ、仕方あるまい」


 渋い顔をして見下ろしてくるヘリウス様。そんな顔をさせてしまうことに、悔しくなる。そして目の前に差し出されたのは……これは、もしかしてポーション?


「ヘリウス様、これは」

「疲労回復用のだ。たぶん、明日の夕方にはなんとか森の外れまでいけるはずだ」

「えっ!? 本当ですか!」

「ああ、恐らくな」


 ニヤリと笑うヘリウス様。この人は、どうしてもう少し優しい笑顔ができないんだろう?

 内心、残念に思いながら、私は手を伸ばし、ありがたくポーションを受け取る。


「明日はペースを上げる。お姫さんにはキツイかもしれんが、最後だと思って頑張れ」

「ええ」


 ――明日にはこの森から抜けられるかもしれない。


 私はポーションの瓶をギュッと握りしめ、ヘリウス様に素直に頷いた。



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