第42話

 まず最初、ミーシャにこの辺境伯領に来てくれ、との連絡があったらしい。へリウスもそこに向かい、その場で母に番のことを認めてもらうつもりでいたそうだ。

 その前に、私の気持ちはどうなのだ、と言いたいところだが、彼の中ではすでに確定事項だったらしい(おいおい)。


 ミーシャにしてみれば、もう了解貰ってるんだろう、と思って辺境伯領に来て母とお茶をしている時に、キャサリンからの手紙が届いたそうだ。私が母に連絡しろと言ったことを、キャサリンはちゃんとやったということだ。

 そしたら、ミーシャが様子を見に行ってみようか、と言ってくれて、飛んだのがあの場だったというわけ。

 なんと、彼女、転移の魔法が使えるそうだ。一応、転移には条件が色々とが限定されるらしく、今回はヘリウスが目的地ということで、うまいこと、あの場に現れたとか。

 母曰く、普通は転移なんて簡単には出来ない、とのこと。

 そもそも、私が魔法を目にするようになったのは、『クリーン』のような生活魔法以外では、魔の森でのローの攻撃魔法くらい。だから、普通に転移の魔法ができるなんて、どんだけ凄いのよ、とミーシャを尊敬の眼差しで見てしまう。


「それで、諸悪の根源とともに、貴女をここに連れてきたわけ」

「しょ、諸悪の根源だなんて……」

「黙れ。それと、あなたの護衛の……キャサリン、だっけ? 彼女も一緒に連れてきてるわ」

「……そう」


 キャサリンの名前を聞くだけで、胸がツキンと痛む。正直、『裏切られた』という思いは消えない。


「で、さぁ……まずは、ヘリウス。あんた、何してんのよ」

「な、何って」

「一応さ、片方の話だけ聞くのは、平等じゃないとは思うけどさぁ……若い女の子たち相手にさ、何してくれちゃってるわけ」

「何とは」

「キャサリンに聞いたけど、あんた、獣人のこと、まともに説明してないでしょ」


 獣人の話。

 確かに、あの怒りの中で、番のことについては聞いた。しかし、それ以外にも何があるというのか。

 ミーシャが大きく溜息をついた後、真剣な顔で話し始めた。


「あのね、メイリン。獣人ってさ、『獣』という言葉が付く通り、獣と同じ、発情期っていうのがあるんだわ」

「は、発情期!?」

「そ。私も初めて聞いた時は、びっくりしたよ。で、発情期っていうのは2、3か月に1回程度らしいんだけど、番がいると、その期間とか関係なくなるというか。まぁ、人族と一緒、といえばいい?」

「は、はぁ」


 そこからの話をまとめると、どうもパティはその発情期の期間に入っちゃってたらしい。さすがに発情期の特に猫族相手だと、人族では身体がボロボロになってしまうという。こ、怖すぎる。で、それの相手をしてたのがヘリウスだというのだ。

 その相手と言っても、実はその発情期をやり過ごす裏技があるのだとか。

 所謂、尻尾の付け根あたりにツボがあるらしいのだ。獣人同士であれば、そのツボを押すのか、何かパワーを流すのかすると、その欲望を吐き出すというか、散らすことが出来るんだとか。それをするのも、恋人同士には限らず、身内の者(男女問わず)の手によって散らすこともあるんだとか。それこそ子守りの延長のように。

 だから『野暮用』だった、と、へリウスは言う。


 ――そんなん、知らんがな。


「だから違うって言っただろ?」


 パコーンッ!


 拗ねたヘリウスの声と同時に、ミーシャの手に、いつの間にかスリッパらしき物が。なかなかいい音をたてて、彼の頭を叩いた。


「誰も、それを説明しなかったらしいじゃないの。一緒にいた人族の冒険者たちも、何も言わなかったんだって? そりゃ、そんなもん知らなけりゃ、パーティメンバー黙認の関係なんだって、誰だって思うでしょうが。それもさ、十代の、それも貴族の娘が、二人がナニしてるんだか、なんて聞けるわけ、ないじゃん」

「……ヘリウス」


 母が、ゴーッという効果音が聞こえそうなくらいに、怒ってる。こんな母を見るのは、初めてだ。

 ゆっくりと立ち上がり、ヘリウスの前まで行くと、スーッと腰に下げていた剣を引き抜いた。


「ま、まて、ファリア!」

「……お前は、40年生きてきて、何を学んできたんだ……あ?」

「いや、その」

「それも、うちの娘が、傷心で家に戻ろうとしてるところで、何してくれてんだ、あ゛?」

「え、いや、その」

「……その耳、削いだろうか?」


 母のその言葉で、ヘリウスの耳が、へにょりと伏せた。

 ……ちょっと、その様子が、面白い、とか思ってしまった。



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