第53話
冷ややかな目で、へリウスを見つめる。
「……そういうことよ。私も、許せないの」
「メイリン!」
耳をへにょりと伏せて、悲しげな顔になるへリウスが、私の膝に縋りついてきた。あんな魔物には凶暴な男が、私みたいな弱っちい女相手に、こんな風になるなんてね。
「悪かった! ほんっとうに、悪かった! 反省してるっ! 二度と、二度と、あんなことをしない!」
「……まだ、番っていないから、いくらでもできますよ~」
「いや、しないから! 絶対、絶対、誰に頼まれてもしないっ!」
「……信用できないんですけど」
「メイリン!」
滂沱の涙を流しながら、私に縋りついてくる姿に……若干どころではなく、引いてしまったのは、仕方がないと思う。いい年をした男が、である。
……おかげでドレスが涙で濡れてしまったじゃないか。
「お願いだ、俺にはメイリンしかいない。他の女なんか、どうでもいいんだ。メイリン!」
「はぁ……」
額に手を当てながら、考える。
獣人の本能というものは、信頼できるものなのだろうか。
――私は、もう、裏切られるのは嫌。
たぶん、次に何かあったら、狂ってしまうかもしれない。
「……それを証明してみせて」
「証明したら、俺と番ってくれるのか!」
へリウスの顔は涙でびしょびしょになっている。せっかくのイケメンが台無しだ。しかし、それだけ彼が本気なんだと、思わせる。
これで芝居だったら、騙された私がバカなだけだ。
「そうね。獣人の番の本能を信じるわ」
私はへリウスに言った。
――これから三か月、私以外の女という女に触れないこと。
これは、生命に関わるような緊急時は含まない。そこまで、私も非情じゃない。
ただし、娼館のようなところに行くのは、ダメ。男の生理だ、とかいう言い訳は聞かない。
「メイリンが番ってくれるんだったら、三か月なんて、たいした期間じゃない」
余裕の笑みを浮かべるへリウスの顔には、もう涙の跡はない。
大きな尻尾が左右に揺れてすらいる……狼というよりも、まるで、大型犬だわ。
「……だったらいいんだけど。万が一、パティが戻ってきて、頼まれたら」
「断る!」
「彼女のほうから縋りついてきても?」
「縋られないように、逃げる」
胸を張って答えるへリウスに、思わず「プッ」と吹き出してしまった。
A級冒険者が逃げるなんて、どんな魔物よりも強いのかよ、とか、思ってしまった。
「メイリン、酷いぞ」
「フフフ、逃げきれればいいけど……微かにでもパティの匂いでもさせてきたら、即刻、城から出てってね」
にっこりと笑って答えると、へリウスの顔が引きつる。
でも、当然だと思う。
母ではないけれど、いつまでもへリウスがいたら、新しい婚約話が来なくなってしまうもの。
……あ。その前に、王家の対応を考えないとダメだったわ。
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