第8話

 私たちは暗い街道をひたすら馬を走らせていた。

 二頭の馬の足音だけが響いている。


「お嬢様っ」


 キャサリンが私の馬に並ぶように走りながら、私に声をかけてくる。


「何っ」

「あの、道はわかってらっしゃるんですかっ」

「わかんないっ」

「えええっ」


 勢いで王都を出るには出たけれど、この街道がどこへ向かっているか、考えずに走ってる。

 いや、考えていないわけではない。

 素直に辺境伯領に向かってもすぐに追いつかれると思ったのだ。

 辺境伯領には、マーサが馬車で向かうだろうから、それを囮にとは考えていた。どうせ、万が一、王家が追いかけてきたとしても、婚約者を逃がしたくないからで、殺すわけにもいかないだろう。そもそもメイドを捕らえたところで、どうしようもない。ただお祖父様を怒らせるだけだ。『オーガ伯』と呼ばれるお祖父様を怒らせるほど、王家も愚かではないはずだ。


「とりあえず、最初の町で場所を確認する。そこで、これから先のことを考える」

「……はっ」


 それから一時間ほど経った頃、小さな村らしき影が見えてきた。

 さすがに、この時間じゃ、どこの家も灯りがついてはいない。私たちは馬から降りると、ゆっくりと村の中に入っていく。


「……この時間じゃ、無理かしら」

「宿自体がないかもしれませんね」

「仕方がないわね。野宿するしかないかしら」

「お、お嬢様が野宿など!」

「キャサリン、シッ! そうね……あの大きな木の下で、とりあえず休みましょう。村の外のほうが危ないわ」


 逃げることしか考えていなかったから、魔物や盗賊の危険など、すっかり忘れていた。王都の近くであれば、それほど危険な話は聞かないけれど、ここまで無事にこれたのは、奇跡に近いかもしれない。

 キャサリンが馬を休ませている間、私はマジックボックスからコトスがくれた籠を取り出した。


「まぁ……コトスったら。後で、ボーナス上げないとね」

「……お嬢様?」

「ああ、見て。サンドウィッチにお茶の入ったポットまで入ってるわ。それに……これは?」

「財布、ですかね」

「……コトスには、足を向けて寝られないわね」


 どこまで見越していたのか、ただの料理長のはずなのに、コトス、凄すぎ。


「そういえば、キャサリンはお金、持ってる?」

「あ、はい。執事のポール様から多少であれば預かってきております……しかし、長期の旅となると、心許無いのですが」


 いつの間に。やるわね、ポール。

 私の差し出したサンドウィッチを、頭を下げながら受け取るキャサリン。

 私も女性にしては少し背が高いくらいだが、それよりも大柄なキャサリン。だからこその護衛ではあるんだけれど。


「日が昇る頃には、村人も起きてくるでしょう。そこで、現在位置を確認しましょう。それまでは、ここで一休みさせていただきましょう」

「はっ」


 籠の中身の三分の一ほどを平らげた私たちは、交代で仮眠をとることにした。


「キャサリン、悪いけど、先に休むわ」

「いえ、お気になさらずに」


 私は木の幹によりかかりながら、目を閉じた。

 ちょっと、お尻が痛いけど、そんなことを気にしていたのも一瞬。あっという間に、眠りに落ちてしまった。



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