第34話
久しぶりのベッドのお陰で深い眠りに入ったせいか、思い出したくもない夢を見た。
見覚えのある薄暗い部屋は、前世で住んでたマンションの一室。
そうだ。結婚して元旦那と買ったマンションの寝室だ。そこで、くんずほぐれつしているのは元旦那と、彼の職場の後輩の女だ。
私が残業で帰りが遅くなるはずが、その日に限って出来る上司のおかげで、予定よりも早く帰ってきたら、この状態。これがキッカケで離婚したのよね。
あの時は、あまりのことに声が出なかったけど、手にしていた荷物(スーパーで買ってきた食品と、仕事に持って行ってたパソコン入りの肩掛けバッグ)を投げつけてやったのを覚えている。忌々しいことに、後輩の女の勝ち誇った顔まで思い出すなんて。
そして、目の前にしている姿が、元旦那から、アルフレッド様に変わり、相手もあの馬鹿女に変わる。場所も、城の一室に変わり、あの時の二人の喘ぎ声まで聞こえてくる。
『あああ~っ!』
『愛してるっ、くっ、マリアンヌッ』
簡単に女に騙される浮気男ばっかり引き当てて、なんで私はここまで男運がないのだろうか。前世の私から引きずっているのか、駄目男にばかり、惹かれている気がする。
『おおお、いいぞ、いいっ』
『ヘリウスさまぁ~』
いつの間にか、目の前の二人が、ヘリウスとパティに変わる。
確かに、イケメンだとは思ったし、最初はちょっといいなとは思ったけど、魔の森の間中、イチャイチャしているのを見せつけられて、苛々させられっぱなし。
むしろ、嫌な男になってたはずなのに。
なんで夢の中に現れるかな。
現実には見たこともない、二人のあられもない行為。
本当ならどうでもいいはずの二人の行為なのに、激しい怒りを覚えている。まるで見せつけるかのようなパティの勝ち誇った顔に、ブルブルと握りしめた手が震える。
――気が付けば私の手には、大きなナイフ。
「アンタなんか、消し去ってくれるっ」
絞り出すような声で呟く私。
――私を裏切った全ての男たちの代わりに、目の前の男に、断罪を。
聞きたくもない嬌声の中、激しく腰を振っているヘリウスの背後に立ち、ナイフを大きく振り上げる。
『泣くな、メイ』
優しく宥める声とともに、後ろから、何かに包まれたような暖かい感覚に、身体の力が抜けていく。その言葉に、自分が泣いていたことに気付く。
『泣くな』
太い指が頬に流れる涙を拭う。
『泣くな』
ギュッと抱きしめられて、嗚咽が零れる。
「泣くな、メイ、俺がいる」
夢から覚めた私は、ぼーっとしながら目を開ける。寝ながらも泣いていた私。瞼が重い。そして、目の前には空になったベッド。隣のベッドにはキャサリンがいたはずなのに。
――あ? なんで、私は……誰かに抱きこまれているのっ!?
「えっ!? キァッ……ふぐっ」
「叫ぶな」
いきなり口元を大きな手に抑え込まれ、悲鳴が閉じ込められる。
耳元で囁く掠れた声に、誰ともわからない男が背後にいることに、恐怖しかなく、身体がガタガタと震えだす。
――キャサリンはどうなったのか。
――私はこれからどうなるのか。
――このまま、犯され、殺されるのか。
最悪なことしか頭に浮かばない。
「メイ、大丈夫だ。俺がいる」
その『俺』が誰なのか。
私は、ゆっくりと目だけ動かすと、そこには、少し情けない顔をしたヘリウスがいた。
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