第14話

 私はヘリウスの腕の中から逃れようとしたけど、抜けられない。太い腕をペシペシ叩いたって、効きやしない。どんだけ頑丈なのよっ!


「あんたら、この町のことだって、よくわからんだろうが」

「これから誰かに聞くわよ」

「だったら、俺でも構うまい?」

「構うわよっ!」


 こっちはできるだけ人目を避けたいっていうのに、こんなデカいのが一緒じゃ目立ちすぎるでしょ! まったく……ああ言えば、こう言う状態。


 ――だぁっ!苛々するっ!


 ……もう、仕方がない。私は、たまたま目があったおじさんに向かって、大きな声で叫んだ。 


「た、助けてっ! 人攫いなのっ!」

「うぉいっ!?」


 俺は無実だ、と言わんばかりに、おじさんに手をブンブン振って否定してみせるけど、こっちは我慢の限界っ! しつこい貴方の自業自得よっ!

 私の叫び声に、先程までただの好奇心で見てただけの住人たちの顔色が変わる。あちこちの家から、人が出てきた。


「なんだって?」

「おい、獣人だぞ、ありゃぁ、デカいな」

「誰か、衛兵呼んで来い!」


 周りの騒ぎに、ヘリウスは悔しそうな顔になる。特に残念ながら、獣人に好意的ではない王都の近くの町なのだ。例え、有名な冒険者だとしても、一般人にわかるわけがない。私だって、知らないもん。

 私がぎゃぁぎゃぁ騒げば、あっという間に人攫いの出来上がり。


「チッ」


 舌打ちをしたかと思うと、私を腕の中から離して、ギロッと睨んできた。


 ――くっ、こ、怖くないぞっ。


 私も睨み返してやると、残念そうに溜息をついて、足早にその場から去っていった。


「お嬢さん、大丈夫だったかい」

「ありゃぁ、狼の獣人かね」

「怖かっただろうに」


 町のおじさん、おばさんたちが、親切に声をかけてくれる。せっかく助けてもらったヘリウスには申し訳ないとは思うものの、今はできるだけ目立ちたくもないし、他人とも関わりたくないのだ。

 ……まぁ、今は思い切り目立ってるけどさ。


「皆さん、ありがとうございます。助かりました」

「いやいや、大丈夫だったならいいんだ」

「まぁ、よかった、よかった」

「お騒がせしてすみません」


 そう言って住人たちが解散していくなか、キャサリンが泣きそうな顔で近寄ってくる。


「お嬢様、申し訳ございませんっ」

「いいのよ、仕方ないわ……でも、彼にも悪いことをしたわね」

「くっ……私が不甲斐ないばかりに」

「もういいわ。それよりも、どこか宿を探しましょう。そこで一泊してから、モンテス伯爵領に向かいましょう」


 私はキャサリンからシャイの手綱を受け取ると、狭い道をゆっくりと歩き出す。


「だけど、キャサリン、お金の余裕はある?」

「いえ……宿代の相場次第ですね」

「そうよね……これから先のことを考えたら、贅沢はできないしね」


 どこかでお金を稼ぐとかしないと、まずいとは思うものの、そもそも稼ぎ方がわからない。


「どうしたものやら」


 私とキャサリン、同時に重いため息が漏れてしまった。



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