第26話

 私もキャサリンも、イライラしながら街道を進んでいた。


 ――原因は、あの猫女だ。


 どこからともなく現れた巨大な馬の魔物、スレイプニルが、ヘリウス様を乗せているんだが、その前に当然のごとく座った猫女。ヘリウス様にへばりついてて、べたべたと、一々、私とキャサリンに見せつけてくるのだ。

 それが子猫とかだったら可愛いかもしれないが、いい年した女のそれは、苛立ちしか感じない。目があうたびに、鼻で笑われる。マウントとらないではいられないタイプなんだろうか。

 

 ――お前の馬は、何のためにいるんだよ。


 誰も乗っていない馬を、ハイドさんの馬で引っ張ってって、気の毒になる。

 しかし、よくまぁ、ハイドさんもローさんも気にならないものだ。注意もしないということは、これが日常ということなんだろうけれど。

 それにヘリウス様も、ヘリウス様だと思う。

 一応、リーダーっぽいのに、メンバーが顧客に対して不愉快な気分にさせていることに気付かないんだろうか。そもそも、護衛の仕事ってしたことがないの? っていうくらい気分が悪い。

 でも、昇級試験にはその護衛任務もあるって聞いたけど。ちゃんと守って無事に届ければいい、ってことなんだろうか。なんだか、モヤモヤするし、どんどん、この人の評価が下がっていく。思わず、ため息が零れる。


 この時間、街道を通る者はあまり多くはなかった。ポツンと先の方に荷馬車らしき影が一つ見えるくらい。代り映えのしない風景が続く中、オイデス山に向かう分かれ道まで、あと少しというところで、背後から多数の馬の蹄の音が、風にのって聞こえてきた。

 嫌ぁな予感がした。

 こんな道を『多数の馬』で走っているなんて、私にしたら王都の追手くらいしか思いつかない。私とキャサリンはマントのフードを被り、背中を丸め、シャイたちを街道の端の方へと動かした。


「おいっ、そこの者っ!」


 偉そうな中年の男の声。聞き覚えはないが、どこかの兵士か何かだろうか。


「あぁ?」


 不機嫌そうな声で返事をしたのは、先頭を進んでいたヘリウス様。スレイプニルを止まらせると、追いかけてきた者たちに向かって視線を向けた。


「くっ!?」


 ヘリウス様の迫力に押されたのか、相手の方が言葉に詰まった。

 確かに、悪そうに見えるものね。それにスレイプニルの威圧が向けられたのか、追いかけてきた馬たちが、落ち着きなく、嘶いている。


「わ、我々は近衛騎士団であるっ。人を探しておる。身元の確認をする。身分証を見せろっ」


 ――わざわざ、自分から『近衛騎士』と言っちゃう?


 迂闊な男に、呆れてため息が出る。フードの下から彼らの様子を見るけれど、リーダーのような中年男をはじめ、皆、見た目はどの町にでもいる普通の衛兵たちと変わらない。

 さすがに王城内のような、きらびやかな格好で走り回れないのかもしれないが、王族の近くにいる近衛に選ばれるのは、イケメンが多い。見た目も重視されるからだ。しかし、目の前の彼らは、そこまでの容姿をしていない。

 それに、自称『近衛騎士』の中には、私が見知った者はいないようだ。金髪にエメラルドグリーンの目など、それほど目立つものではない。外見で私のことをわかる者はいないということだ。しかし、身分証なんて簡単に手に入るのに、この者たちはどうやって私を見つけようというのか。

 一人一人が身分証を見せ、案の定、私を見てもわからなかったみたいで、笑ってしまう。


「ふむ、行ってよし……ただし、そこの女、お前は駄目だ」


 気を抜いた瞬間、中年の男が、私の腕を掴んだ。



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