第27話

 思わず、方眉が上がる。捕まれた腕が痛いんですけど。


「理由は?」


 中年の男を睨みつける。その視線の強さにビビったのか、男は顔を強張らせる。


「身分証も見せたよな。ちゃんと理由があって掴んでんのか、オラァ?! アァ?!」


 ええ、貴族の子女としては、あるまじき言葉遣いですけど、そんなこと言ってられませんからね。いつにも増して、目をぎょろつかせて睨むわよ。

 キャサリン、ギョッとした顔しないっ。

 へリウス様たちも、顔をこわばらせないでよ!

 相手の探している相手は『メイリン・フォン・ゴードン辺境伯令嬢』、そう腐っても『辺境伯令嬢』のはず。だからこそ、貴族らしくなく振舞ってみせてるのよ!


「あ、いや、その」

「理由もなく、腕とか掴むとか、近衛騎士とかって嘘じゃないのぉ?」

「なっ、何を申すかっ」

「ちょっと、痛いんですけどっ!」

「副長っ、そう高圧的にならないで下さいっ」


 えぇっ、こいつ、これで副長? 部下に窘められてるとか、格好悪い。

 国王様や王妃様とは、何度か挨拶してるけど、その場にいた近衛騎士だったら、顔の見覚えがあるはず。でも、全然見覚えないんだけど。副長とかって、王家の警護にはつかないのかしら。

 その副長は、私の腕から手を外すと、めんどくさそうに小さな姿絵を取り出した。差し出して目にしたそれは……先代の国王一家だ。まだ、第一王女が結婚する前、おそらく私の父が三歳くらいの頃の絵だろう。プライベートなものなのか、衣装も着飾ったものではなく、王家だと知らなければ、どこにでもいる貴族の家庭の絵姿に見える。

 だいぶ古ぼけたそれに、誰が持っていたものなのか、想像が出来てしまった。


 ――王妃様だ。


 ということは、王妃様が追手をかけたということ。何が何でも、王家に取り込みたい、という意思を感じ、背中がゾクッとする。


 正直に言って、私は第一王女……今の王妃様とはまったく似ていないし、当然、亡くなられた第二王女にもだ。だからといって、この絵の父と私を親子に見るのは、無理がある。三歳の男の子と十四歳の娘だ。母に言わせると、実際には、私と父は凄い似ているらしいけど。


「……ずいぶん、古いものみたいだけど、この絵が何か」

「お、お前の髪の色と、瞳の色だ。この子供と同じ……」

「いやいやいや、無理ありすぎでしょ」


 被せるように否定する。たぶん、彼らが探しているのは私なんだろうけど。

 

「い、いいから、来いっ」


 この扱い、貴族令嬢の扱いじゃないよね。もしかして、偽物でもいい、とか考えてる? アホなの? こいつ? 近衛騎士、これでいいのっ!?

 私の腕に、再び手を伸ばそうとしてきたから「嫌よっ」と叫ぶ。

 しつこい男だなっ!


「おい、そろそろいいか」


 かなり不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 ヘリウス様だ。


「俺たちも、急いでるんだがな」

「そ、それは、こっちもだっ」

「だいたい、大した根拠がないのに若い娘を連れていこうなんて、どこの人攫いだよ」

「ひ、人攫いだとっ!?」

「人攫いだろうがっ!」


 ヘリウス様の特大の雷が、見事に落ちた。

 あまりの大声に、一緒に馬に乗ってた猫女は耳を抑えている。


「ロー」

「はっ」


 名前を呼ばれたローさんが返事をした後、私には聞き取れなかったけれど、何かポツリと言った。


「えっ」


 いきなり、馬に乗ってた自称近衛騎士たちがストンッと落ちるように、眠ってしまった。馬たちは乗り手の異常に気付いていないようで、そのままの状態。

 一方で騎士たちは馬上だというのに、落ちなかった。そのバランス感覚って何。そこだけは、本当に騎士っぽい。と、変な感心をしてしまった。


「スリープの呪文で、彼らを眠らせました」


 ローさんが淡々と話をしてるけど、それって、凄いんじゃないのっ!? 伝達の魔法陣以外で、魔法っぽいのを見たの、初めてかも。


「あまりレベルの高くない闇魔法なので、30分もすれば目覚めます」

「おし、行くぞ」


 この辺は魔物とか大丈夫なんだろうか、と心配しながらも、結局は居眠り騎士たちを放置。私たちはオイデス山へと向かう街道を馬を走らせた。



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