第60話

 無防備に馬上で詠唱する母を守りながら戦うへリウスの姿が、涙で見えない。へリウスは、この国の、この領の者でもないというのに、母を守るために必死に戦っている。

 私は両手を握りしめ、彼らを見つめた。見つめるしかなかった。


 ――ああ、神よ! なぜ、私に力がないのっ!


 そう心の中で叫んだ時。

 目の前に、まばゆい光が現れた。


「何!?」

「なんだっ、何が起こっているっ?」


 周囲の焦る声が聞こえる中、私には、それが何か、わかってしまった。


「……『守護の枝』」


 呆然と呟く私の目の前に、王都の、それも王家の宝物庫に保管されているはずの『守護の枝』が浮かんでいた。トーレス王家の王族しか、その力を使えないと言われている杖。王都の結界のために使われていると言われているそれが、今、目の前に浮かんでいる。


「なん……で?」

『私を手に取りなさい』


 杖から聞こえてくるのは、優し気な女性の声。それに導かれるように、私はそれを無意識に手にしてしまった。


『願いなさい……貴女が守りたいもののことを』


 その言葉に、目から涙が零れ落ちた。

 その時の私には、母とへリウスのことしか考えられなかった。


『願いなさい』



 ……ドドドドドドッ!



 メテオラによって、いくつもの流星が地面に着弾していく。それによって発生した熱風が一気に領都の方へと押し寄せてくるのが、わかってしまう。


「お願いっ、あの人たちを守って!」


 私の悲痛な叫びに呼応するように、杖から虹色の光が飛び出した。

 虹色の光はシャワーのように広がり、母たちのいる手前まで伸びると一気に、半円形の虹色の結界が広がった。それは見事に領都の半ばくらいまでを囲い、熱風は上空へと流されていく。

 私は思わずへたり込んでしまった。


「す、凄い」


 いつの間にか私の脇に立っていたキャサリンの呟きが聞こえた。


「メ、メイリン様、これは……」


 キャサリンの背後にいた文官の震える声が聞こえる。

 私も身体が震えている。目の前に展開されている、恐ろしい光景に。

 結界は無事に張ることができた。母やへリウスが街道に向かって走っている姿が土壁の端に見えたから、無事だったに違いない。しかし。


「か、母様……あれの後片付けは、どうするつもりかしら……」


 森がとてつもない炎をあげて燃えている。場所によっては、竜巻をあげている場所すらある。そして、肝心の魔物たちは、結界の前で、熱波によって炭に変わってしまったようだ。


 しかし、一部の魔物たちは、結界に沿って流れるように抜けていく。このままだと、ナディスとの国境の方へと向かうかもしれない。しかし、今の私には、もう、立ち上がる力もない。

 気が付けば、先ほどの虹色の結界は消え、目の前で燃える森の熱気が、伝わってくるようになった。

 そして、握りしめていたはずの『守護の枝』は、跡形もなくなっていた。


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