第37話
あまりの勢いに、咳き込む私。
「ああ、すまん!」
「ゴホッ、ゴホッ」
私の隣に座り、背中を撫でるヘリウス。
「はぁ、はぁ、なんだって言うんですか。触れないでって、言ってるでしょ!」
「ああ、そんなことを言わないでくれ」
耳をペタリとさせてオロオロするヘリウスに、今までの彼の姿がまったくと言っていいほど重ならない。あまりの違いに、困惑する。
「どうしたというんです。今までの貴方だったら、高圧的にモノを言いそうなのに」
「くそっ」
「ヘリウス様」
「ああ、俺だって、ここまで抑えられなくなるとは思いもしなかったんだ」
「ここまで?」
ヘリウスが大きくため息をつくと、長くなるが、と前置きをしてから話し出した。
獣人には番という関係が存在するという。
これは、結婚によってできる関係とは違い、本能的なもので誰にも止めることができないものらしい。例えば、既婚者であっても、番になる者と出会ってしまえば、番の方を優先してしまう。
それが許せない者は離婚することもあるし、最悪は夫婦関係にある者が、番を殺すなどということもあるらしい。その逆もしかり。
獣人同士であれば、互いの匂いで番の存在を知ることが出来るのだが、中には、人族やエルフ、ドワーフなどの他の亜人の場合、まったく気付かないらしい。
だから時々、獣人による誘拐騒ぎが起きるとか。
「まさか、私が貴方のその『番』だとでも言うの?」
「ああ、そうだ」
そう言うと今度は私を抱きしめて、襟足の辺りに唇を寄せてくる。
「ちょ、ちょっと、ヘリウス様っ!?」
「この匂いがたまらない……」
ふんすふんすと鼻息が荒いヘリウスに、私の方は目が白黒。
獣人にそんな特性があるなんて、知らなかった。そもそも、ヘリウスに出会うまで、生で獣人に会うこともなかったのだもの。
大きな手が私の身体をまさぐり始めて、焦る私。
「へ、ヘリウス様! まだ、話、途中っ!」
「あ?」
あ? じゃないっ!
「私が、その、ヘリウス様の『番』だというけど、そんなの、いつから気が付いてたのよ」
「そんなの最初からさ」
「さ、最初!?」
私たちとヘリウスが出会ったのは、まだ王都から逃げ出して間もない頃。あんな時期から、気付いていたというの?
「え、でも、その割に、普通というか、むしろ、放置気味というか」
今の彼の振る舞いと比較したら、雲泥の差。
というか、あれで、その『番』なる存在に好かれているとか思わないわよね?
「それは、まだあの頃は我慢できたからさ」
「我慢?」
「ああ、番の匂いといっても、最初は微かなものだ。獣人同士ですら、ぼんやりと意識しだしてから、互いの匂いが徐々に濃くなっていく。メイの場合、成人前ということもある。そこまで番の匂いは強くはなかった。だから耐えられた」
それが、互いに行動を共にするようになり、私の匂いが徐々に強くなってきていたのだという。そんなの、自分じゃ全然わからないわよ。
だいたい、その『番』なる存在に対して、突き放したような態度だったり、それこそ、他の女といちゃついて見せるとか、絶対、ぜーったい! おかしい!
「いちゃつくと言われても」
「え、あれを違うっていうの? いや、むしろ、あのレベルじゃ獣人じゃ普通なの? あれが普通だったら、やっぱり、獣人無理」
へリウスたちのは、ただの仲間同士でするようなスキンシップのレベルじゃないよね? あのイチャイチャ具合はさ。
「待て待て、だいたい、相手はパティだぞ。あんな子供など、相手にしてないし」
「いやいやいや、私とかキャサリンから見たら、どう考えても男女関係ある風に見えるし。ていうか、あんたたち、セフレなんじゃないの? 朝っぱらから、いやらしい」
「だ、男女関係!? せ、せふれ? なんだ、それは」
思い出したら、鳥肌がたってきた。
「ああ、嫌だ。気持ち悪い。離れてよっ」
「メイ、誤解だ!」
ヘリウスの悲痛な叫びが部屋の中に響いた。
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