第36話

 ボソボソと誰かが喋っている。


「お嬢様になんてことをっ!」

「キャサリン、落ち着けって」

「ヘリウス様が、ちゃんと話をさせてくれというからっ」

「……すまん」


 キャサリンの声。ああ、戻って来てくれたのね。そう思って、ホッとした私は、ゆっくりと目を開ける。


「キャサリン……」

「お嬢様っ! 目を覚まされましたかっ」


 必死な彼女の声に、ちょっと笑いそうになる。

 ベッド脇にしゃがんでいる真っ青な顔のキャサリンと、壁際に立つハイドとロー、そして、ヘリウスが渋い顔でソファに座っている。


 ――ソファ?


 思わず、周囲を確認すると、私が寝かされているのは、天蓋付きのベッド。さっきまでの質素な部屋ではなく、立派な家具が置かれた広い部屋に変わっている。この状況に、つい眉間に皺を寄せてしまう。


「どういうこと。キャサリン」

「……申し訳ございません」

「キャサリンを責めてやるな」


 そう声をかけてきたのはヘリウス。アンタのせいね。

 ジロリと睨みつけると、ヘリウスが大きくため息をついた。


「キャサリンは俺の命令を聞いただけだ。怒るなら俺にしろ」

「……ええ、そうね」


 ヘリウスを睨みながら、私の腕をキュッと握りしめてきたキャサリンの手を、軽くポンポンッと叩く。


「ハイド、ロー、キャサリンを連れて出ててくれ」

「あいよ」

「キャサリン、行くぞ」

「……お嬢様」


 申し訳なさそうなキャサリンに、寝たまま手を振って、外に行くように促す。二人に連れられた寂しそうなキャサリンの背中にチラッと目を向けた後、再び、ヘリウスへと視線を戻す。


「メイ……悪かった」


 ヘリウスがいきなり立ち上がったかと思ったら、頭を下げてきた。

 獣人の王族でもあるヘリウスが、私に頭などを下げてきたことに、一瞬驚いてしまう。しかし、口では何とでも言える。

 私はジッと頭を下げたままのヘリウスを見つめ続けた。


「……メイ?」


 しばらく何も言わずにいることに痺れをきらしたのか、ヘリウスがチロリと目を向けてきた。


「その謝罪は、何に対してですの」

「何にって……その、中途半端な対応をしてしまったことについて……」

「……未婚の女性のベッドに入りこむのは、この国では犯罪ではないんですの?」

「え、いや、それは」

「それに、無抵抗な者への暴力も」

「ちょ、それはメイが話を聞かないから」

「未成年の前で、はしたない行為をするのが、獣人なんですの」

「は、はしたないって?」

「貴方方の振る舞い、すべてが不愉快です」

「メイ!」


 ヘリウスは困ったような顔をして、ベッドに横たわったままの私の前にしゃがみ込む。


「お願いだ。俺の話を聞いてくれ」

「嫌です」

「メイ、頼む。俺のせいで、全ての獣人を否定しないでくれ」

「二度と係わることもなければ、いいだけのことです。」


 そうよ。男など、所詮、ケダモノ。

 獣人だって、結局は獣性を抑え込めないなら、ケダモノと同じ。こんなのに係わるから、嫌な思いをするのよ。


「キャサリンを呼んでください。彼女とともに行きます」


 私はゆっくりと身体を起こす。ジワリと残る首の痛みのせいで、顔が歪む。それでも、こんなところにはいられない。いたくもない。


「……駄目だ」

「貴方の許可はいりません」

「駄目だ! メイ、私の番! 二度と手放さない!」

「ふぐっ!?」


 ベッドから立ち上がる前に、腰に抱き着かれて、息が止まる。

 ……殺す気かっ!



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