第51話
結局、二人で一度、きちんと話すように、と母から言われ、別の部屋へと案内された私たち。
『何かされそうになったら、これを投げつけな』
そう言って渡されたのは、小さな麻袋。中には獣人が嫌う匂いの粉が入っているらしい。クンクンと匂いを嗅いでみたけれど、私にはよくわからない。だけど、すでにへリウスが、かなり嫌そうな顔をしていたから、間違いないのだろう。
そして、広い部屋に二人きり、である。
キャサリンが同席したそうだったけれど、母に引っ張られて、ドアの外で待機しているようだ。
私たちは低いテーブルを挟んで、向かい合わせに座った。
「……」
「……」
なんとも気まずい。
へリウスも、何を言っていいのか、困ってるようで、両手を握りしめながら、もじもじしている。視線は、低いテーブルに向けたまま。
一方の私は、そんなリウスをジッと見ている。
共に逃亡していた時ほどの嫌悪感は、鳴りを潜めている。自分でも不思議だ。
――番ねぇ。
ずっと、そのことについては考えていた。
人族には理解できない、そういう本能的な衝動について、彼らはそれに縛られて生きていくんだなぁ、と、思ったら、それはそれで気の毒な気もしてくる。
いつ、その番に出会うかわからないわけで、恋愛結婚したのに番が現れたら、一巻の終わり。容易に結婚なんてできないんじゃないかと思うのだ。実際、番に出会って破局した夫婦やカップルの話は、ミーシャからも教えてもらった。なんとも、悲惨な話が多かった。
しかし、その代わり、獣人は番に対しては溺愛するし、束縛もする。
――そして……絶対に浮気はしない。
私には、そのことが一番、引っかかっていたところなのだ。
むしろ、人族などの、番の認識のない相手のほうが、浮気をしてしまうパターンが多いんだとか。そういう意味では、自分が浮気体質ではない、と自信を持って言える。考えただけでも、鳥肌がたってしまうもの。
未来については、獣人の番というシステムは、信頼していいのかもしれない。
むしろ、私の中にある……ヘリウスの過去を、許せるかどうか、にかかっている。
「へリウス」
「な、なんだい、メイリン」
私兵たちとの訓練では、堂々とした態度で現場を仕切っている姿をよく見ていたのに、今、目の前にいるへリウスは、まったくの別人のようだ。
私が発する次の言葉に、全身全霊耳を傾けています、というのを主張する、大きな黒い耳が、ピクピクと細かく震えている。目にも必死さが伺えて……ちょっと、笑ってしまいそう。
あんな魔物を簡単に斃してしまう、すごく強い冒険者なのに。
「コホンッ」
私の咳に、ピクンッと肩を震わすへリウス。
「私、獣人の、その、性的なこと、諸々について、よく知らなかったのだけれど……一応、ミーシャから、ちょっとだけ、その、教えていただいたの」
私は、少し恥ずかしくて目を伏せた。
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