第55話
本当に大丈夫なんだろうか、なんていう私の心配をよそに、物事がどんどん進められていく。気が付けば、母も叔父も城を離れ、へリウスは残った若手の私兵たちとの訓練をしだしていた。
こういう時に、戦力にもならない、ただの令嬢である自分が、情けなくなる。王都で学んだ貴族令嬢としての知識など、辺境の地では何の役にもたっていない。
その代わりなのか、私の目の前には、書類の山が置かれている。
最初は遠慮がちに置かれた数枚だったものが、時間が経つにつれ、一山、二山となり、三日目には、私が書類に囲まれている。これは、私の書類決済のペースの問題ではないはずだ。
「……ねぇ。まさか、お母様、これが嫌でさっさと出かけたわけじゃないわよね」
元来、母が書類仕事なんかよりも、兵士たちとともに戦場に出るほうが好きな人ではあるのは、わかっていたけれど、これはない。この量はないだろう!
デスクに座って、不機嫌な顔で書類を見下ろす私の隣に立つのは、いい笑顔の文官が数人。
「まさか! ファリア様に限って、そんなことは……」
「でも、この量が残ってるっていうことは、全然、仕事が進んでなかったってことじゃないの?」
張り付いた笑顔で言い訳をする文官をよそに、ペラペラと捲りながら、内容を見ていく私。
「ちょっと、これなんて、私で判断つかないものもあるんじゃない」
「いえいえ、ファリア様からは、メイリン様の判断に任せるとのお言葉をいただいておりますので!」
私の判断だなんて!
だいたい、領地経営なんてまともに学んでもいない私に、いきなり書類の決済など、無理だと思う!
いや、まぁ、前世を思い出している分、多少なりとも社会人経験に基づいた感覚はあるかもしれないけど。それでも、この世界でのものとは、違うわけで!
お祖父様の無事を心配する余裕もないほどに、仕事を残していった母が恨めしい。
「……そう。だったら、私の判断で、この書類は保留にします」
「え、ですが、それは急ぎでして」
「急ぎだろうが、なんだろうが、お母様は私の判断に任せるとおっしゃったのでしょう? でしたら、保留にする、というのも、私の判断。これはお母様にお任せします」
「は、はぁ……」
「さぁ、他の書類を出して」
黙々と書類に目を通していると、ドアが激しく叩かれた。
「どうぞ」
書類から目を離さずに返事をすると、開けられたドアから現れたのは、顔を青ざめさせたキャサリン。
「メイリン様、ファリア様より、伝令が!」
その切羽詰まった感じに、嫌なことしか思い浮かばない。
「内容は!」
「急ぎ、城門を閉じ、襲撃に備えろ、だそうです!」
辺境伯領の領都は二重の城壁に囲まれている。歴史的に、この領都まで戦火が及んだことはないと聞いている。スタンピードにしてもそうだ。しかし、代々の領主が将来を見越して作り上げた防壁は、かなり頑丈だと聞いている。
しかし、通常は往来のために開け放たれた状態になっているはず、それを閉じろということは。
「……まさか」
「おそらく、ファリア様たちでも抑えられなかったのかと……」
母たちが行っても、斃しきれなかったとなると、かなりの数なのは想像できる。
「お祖父様たちは、まだ、戻られてないのよね?」
「はい、しかし、お待ちする余裕は」
「ギリギリまで、ギリギリまで待ちます! 残っている者たちで、魔術師は何名いるの」
「ほ、ほとんどの者が出払っています。残っている者は、訓練生で初級魔法しか使えません」
「なんてこと……」
こんな時に、自分がまともに魔法が使えないことが悔しくてならなかった。
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