第64話

 城内は、まだ慌ただしい空気が残っている。

 母の号令で、非戦闘員である子供たちもナイフを片手に、魔物の解体に向かっている。

 そして、ほとんどの魔物は焼かれたり、氷漬けになってたりしたとはいえ、まだ領都周辺には、かなりの数の魔物が残っているらしい。元気のある冒険者たちは、魔物狩りに向かっていった模様。

 あちこちで楽し気な声があがっている様子に、ホッとする。


「……元気ね」


 思わず立ち止まり、そう呟いてしまう。


「あれだけのスタンピードが、ほぼ無傷で済んだんだ。意気も上がるというものだろう」

「本当に……よく、持ったものだわ」


 つい思い出して、身体が震える。


 ――あの時、『守護の枝』が守ってくれなければ。

 ――あの時、へリウスが母様を支えてくれなければ。

 ――あの時、ミーシャが来てくれなければ。


 本当に、何一つ、自分の手で為されなかったことに、悔しさばかりが湧き上がる。


「メイリン」


 深い後悔の念に囚われていた私は、優しいへリウスの声で、我に返る。


「メイリン、お前のおかげで、多くの者が助かったんだ。お前は何も卑下することはない」

「でも」

「戦うことばかりが、この領地を守ることではないだろう?」


 いの一番に走り出すような戦闘狂に言われるなんて。

 そう思ったら、思わずクスリと笑ってしまった。


「そうだ。そうやって、笑ってくれるだけで、俺はお前を守るために戦える」

「……へリウス」


 見上げると、そこには切なそうなへリウスの顔。


「本当は、心配だった」

「心配?」

「ああ……魔物に追われながら、城壁にいるお前の姿が見えた。もしかしたら、もうこのまま、お前とともに生きられないのではないかと、俺らしくもなく、思ってしまった」


 まさか、俺様なイメージしかなかったへリウスが、そんな弱気なことを思うなんて。

 私は言葉もなく、ただ、彼を見つめる。


「こうして無事に生きていること、そして俺の腕の中にお前がいてくれることに感謝しかない」


 ……うん?

 ……あれ?


 そういえば、なんで、私は、彼に抱きしめられているの。

 まだ、三か月経ってないわよね。


「ちょっと、へリウス」

「なんだい、メイリン」

「放してもらえないかしら」

「なぜ!? こうして、お前の無事を確かめているのに」

「いや、無事なのは見ればわかるよね?」

「ああ、この温もりと匂い……ぐあっ!?」


 思わず、肘鉄を食らわしました。


「メイリン~!」

「まだ三か月経ってないっ」

「メイリン以外の女に触れなければいいのだろう!」

「そうだけど」

「だったらいいではないかっ!」


 ……そういう問題?


 私が首を傾げているうちに、再び抱きかかえられている私。


「なんか、違うと思うんだけど」

「メイリン、それよりも、早く戻って休もう」


 チュッと頭にキスを落とされて、なんだか誤魔化されてる気がするんだけど……少し、許してしまっている自分に気が付いてしまった。


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