閑話:王都防衛(1)
――王都にスタンピードによる魔物が大量にやってくる。
その情報を謁見の間で聞いた時、王妃エリザベートは、微かに眉をひそめただけだった。
「な、なぜ、そんなことになったのだ」
声を震わせ問いただすのは、王妃の隣に座る国王。彼が王位を継いでからだいぶたつというのに、初めての出来事に怯えを見せる。玉座の肘掛を握る手も、震えている。
若いころは、その美貌に王妃以外の女性たちからも、熱い視線を向けられていた国王。いまだに、その美貌に衰えはない。しかし、彼にあるのは、その美貌のみ。政治的なことには、ほとんど関わらず、こうして謁見の時にだけ、王妃の隣に座るだけ。
そんな国王に、愛想をつかせない王妃。心の中で己を嘲る王妃がいる。
「領に戻られるゴードン辺境伯を襲った者がおりまして……その……」
辺境伯の名前が出た途端、その場にいた貴族たちの声が上がる。
「どこのどいつだ、その愚か者は」
「トーレスの銀髪のオーガを襲うなんて、馬鹿じゃないか」
多くはその愚行に呆れ、暴漢への怒りの声が声高に上がる。
それに委縮して、報告をしに来た者が身体を縮める。
「なんだ、はっきりと申せ」
エリザベートの冷ややかな声が響く。
それだけで、謁見の間にいる多くの貴族たちのざわめきが止まった。
「は、はいっ、ま、魔物を集魔香で誘きよせたらしくっ、それが引き金にっ」
その言葉で、再び、あちこちで貴族たちが声を上げ始める。
「ゴードン辺境伯に返り討ちにあったんだろうが、そのために集魔香を使うとは」
「そういえば、辺境伯といえば、ご令嬢がこちらにいたのでは」
「どうも、少し前に、婚約はなかったことになったそうですよ」
ヒソヒソと囁かれる言葉とともに、向けられる疑惑の眼差し。
王妃はそんな貴族たちの言葉を無視して、報告者に続きを促す。
「過半数、いえ、七割ぐらいはゴードン辺境伯を追いかけて、そのまま辺境に向かったようですが……残りがこちらへと向かっております」
「王妃様、発言をお許しください」
魔術師団の師団長が手を上げた。王妃が頷くのを見て、師団長は一歩前に出る。
「そちらの報告は、だいぶ少なく見積もっていると思われます」
「なんですって……まさか」
「君には悪いが、うちの部下がワイバーン部隊とともに確認に飛んだ。おそらく六割、多く見積もっても、あちらとほぼ同数がこちらに向かっております」
そう言い切った師団長の顔には、迷いがない。
「王妃様、防衛のための出陣のご命令を」
国王ではなく、王妃に命令を求める師団長に、周囲は誰も何も言わない。
そう、この国の指揮権は、すべて王妃にあるのだ。
国王は、ただのお飾りに過ぎない。
「……わかりました。魔術師団、そして近衛師団の第三、第四とともに、防衛の任を任せます」
王妃の言葉によって、王都防衛が始まった。
* * *
スタンピードの流れの方向に領地のある貴族たちの多くは、王都から離れなかった。また、近隣の領からも応援部隊が集まり、これだけの戦力があれば、なんとかなる、と思ったからだ。
そして、王都を囲うように作られた農地を含め、うっすらと薄い膜のように結界が張られている。王都に住む者にとって、すでに見慣れたものになっていて、意識しなければ、それがあることにも気づかない。
これが王都をあらゆる攻撃からも守る、『守護の枝』の力であった。
――ここにいれば、命だけは助かる。
多くの者がそう思っていた。
「見えてきたぞ」
「なんだ、あの数は」
「とんでもない……あれを魔術師団で、なんとかなるのか?」
うっすらと土埃が空を黄色く染め、多くの魔物たちが続々と大地を埋めつくしていく。
途中で各領地でも攻防が行われたが、ほとんどが魔物たちの勢いに飲み込まれてしまっていた。
「……全員、一気にいくぞ」
「はっ!」
師団長の声が王都を囲う城壁に並ぶ魔術師たちから、一気にさまざまな魔法が撃たれた。
たくさんの火花や、風の刃、水の魔法が放たれ、魔物たちがどんどんと削られていく。
その様子に、王城に避難してきていた者たちから、歓声が上がる。
「次、投石機、前へっ!」
魔術師たちが下がり、魔力を補充するためにポーションを飲んでいる間、投石機による攻撃や、弓部隊による攻撃が繰り返される。
魔術師団と弓部隊の交互の攻撃が繰り返される。
だいぶ削られてきたとはいえ、まだまだ魔物たちの行進は止まらない。間もなく、結界にぶつかる。師団長は、そこで一気に叩くつもりだった。
「よし、もう一度、魔術師団、前へっ!」
「いくぞ」
「おうっ!」
そう皆が気合をいれた瞬間。
「えっ」
――結界が消えた。
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