第63話

 それからは、早かった。

 ミーシャは確か、薬師って言ってたはずなのに、目の前に展開される大規模魔法に、目が点になる。

 彼女自身の『ダイヤモンドダスト』という氷の魔法で、一面が真っ白な氷原に変わる。

 それを底上げでもしているのか、人型の水の精霊なのか、ほっそりとした美女がミーシャの魔法に何やら重ね掛けをしている模様。

 人型の精霊って、本当に人と変わらない大きさだったのには、びっくりした。





 気が付けば、さっきまでの熱波はどこへいった、というくらい、今度は寒波にみんなが、ガクガクブルブル。

 目に見える範囲で、動いているモノはいない。


「もう、大丈夫かなぁ?」


 私もへリウスも、あんぐりと口を開けたまま固まっている。

 こんなに、凄い人だったの?


「あー、国境の方に向かった魔物は、放置でいいよね?」


 思い出したかのように言うミーシャに、ようやく現実に戻る私。


「あ、そ、そうだった。あっちは、大丈夫なのかな」

「……ここで多くを止められたから、あちらはなんとかなるわ」


 いつの間にか城壁の上に上がってきていた母。まだ少し血の気がない感じ。


「もういいのか?」

「へリウス、さっきは助かったわ」

「ファリア……あんたもいい年なんだから、無理しないように」

「フフ、そうね。メテオラ一発で倒れるんじゃ、そう言われても仕方がないわね」


 えぇぇぇ?!

 もしかして、全盛期の母は、こんなもんじゃ済まなかったのだろうか。


「そう言えば、お祖父様は、ご無事ですか」

「ええ、さすがにお疲れのようだから、城内に先に行っていただいたわ……魔物に追われ始めてから、寝ずで走り続けたみたい……馬たちは、城壁内に入ったとたん、全滅してしまったわ」


 なんてことだろう。

 そんな無理をさせなければ、ここまで辿り着かなかったなんて。


「メイリン」

「なんでしょう、母様」

「あの結界は、あなたの仕業だと思うのだけれど、あれは、もしや『守護の枝』?」


 母の心配そうな声に、私は素直に頷く。


「ええ……私の必死の願いに、応えてくださったみたい……すぐに消えてしまわれました」

「そうなのね……王都の方は、大丈夫だったのかしら」

「あっ……」


 一瞬とはいえ、こちらの結界を張るために、王都が無防備になっていた可能性を思い出す。しかし、辺境のこちらに比べれば、いくつかの領を経なくてはならないはずだし……。


「まぁ、何かあれば、知り合いの誰かが連絡してくるでしょう。それよりも、こっちが問題よ……見事に凍らせてくれたわね」


 目の前に広がる風景に、母が呆れながらも、嬉しそうな笑み。

 被害といえば、おじいさまたちの護衛と、冒険者や兵士たちも数名のけが人が出ているらしいけれど、死者はなし。城壁まで辿り着いた魔物もなし。

 そして。


 ……傷のない魔物の素材が、山ほど。


「さぁ! 手が空いている者は、剥ぎ取り用のナイフを持参して! あ、ミーシャ、あれ、溶かせる?」


 母とミーシャがじゃれ合いながら、城壁から下りて、魔物の氷の彫刻の方へと向かっていく。まったく、元気なものだ。

 しかし、私の方は、もう限界。

 へリウスの大きな手で肩を抱かれながら、その場を離れることにした。


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