閑話:冒険者 パティ(1)

 幼いころからヘリウスと共に何度も冒険をしているパティにしてみれば、ヘリウスの存在は神のように『絶対』であった。そして、彼の関心は、いつでも自分にだけに向けられているものだと思っていた。

 そんな彼女の絶対者であるヘリウスが、自分以外の女に関心を持つこと自体、信じられなかったし、許せなかった。


 今回の依頼も、いつものメンバーでいつも通りの簡単な護衛の仕事だと思っていた。

 それなのに、現れた護衛対象に向けられるヘリウスの熱の籠った視線に、パティは酷く苛立ちを覚えた。

 人族のメンバーたちはまったくと言っていいほど気付いていなかった。しかし、どんなに無関心を装うとも、ヘリウスの全神経が護衛対象の女に向けられていることを、同じ獣人であるパティにはわからない訳がなかった。


 ヘリウスもいい大人だ。何度となく、娼館に行くのを悔しい思いでずっと見送ってきた。それは自分が子供だから、まだ、身体が出来ていないからだと、思っていた。

 それなのに、パティよりも幼い小娘に、あのヘリウスが欲情しているというのだ。


 ――ありえない。あんな凹凸のない身体のどこがいいというの。


 だからパティは全力で彼の関心が自分へ向かうように、いつも以上にアピールもしたし、女の方に対してもマウントをとるように威嚇し続けた。

 お陰で、女の方はあからさまにヘリウスへの嫌悪感を露わにしたし、ヘリウスに近寄ろうともしなかった。

 その度に、パティはニンマリと嗤いを浮かべた。


              *   *   *


 ヘリウスの見張りの時間には、必ずと言っていいほど、そばに座るパティ。その日もへリウスの見張りの交代の時間近くに、彼のそばにやってきた。


「あんな人族を気にするなんて、変よ」


 ヘリウスが密かにため息をついていれば、そっと寄り添って、そう元気づける。


「パティ……そんな言い方をするんじゃない」


 窘めるように言うへリウスの姿は、最早、父親が生意気な娘にする態度。しかし、そんな姿をメイリンは知らない。


「だって、そうでしょう? ヘリウスに対する態度もなってないし」

「……パティ、彼女はお姫さんなんだ」

「だから何? 姫だろうが、なんだろうが、ヘリウスにあんな態度をとるなんて」


 そうパティが言えば、ヘリウスも困ったような顔をしながらも、彼女を宥めるように頭を撫でる。その心地よさに、パティは喉の奥をグルルと鳴らす。

 パティは思う。


 ――ふんっ。あの女に、ヘリウスの相手なんて、無理無理。それよりも……


「私、もうすぐ発情期なの。お願い、いつもの、やって……お願い……」


 切なげな表情でヘリウスにしがみついて強請ねだるけれど、彼にしてみれば、オムツを変えるのを強請る赤子と同じにしか見えていない。

 残念ながら、それが、メイリンたちにどのように思われているのかも気付かないへリウス。


「……仕方がないな。まだ、皆、寝ている。静かにしろよ」


 寝ていたローに交代の声をかけると、パティとともに、野営地から少し距離をもって離れる。

 パティにしてみれば彼に触れられること自体が幸せであり、興奮が隠せない。発情期ということもあり、余計に意識もするし、妄想もする。

 しかし実際には、ヘリウスがやったことといえば、服の上からパティの尻尾の付け根に親指を当てて、気を送ってやるだけ。本来なら、単なる発散でしかないのだが、パティは目を細めながら、喘ぐ声を抑えようともしない。


「こら、声を抑えろ。魔物がよってくるだろうが」

「無理、無理、無理ぃぃ、ああっ!」

「……くそっ」


 パティの声に、魔物たちが動き出した。

 しかし、ヘリウスの持つ力がわかるのか、彼らの方にはやってくることはなく、むしろ、メイリンたちの野営している場所に、魔物たちが集まりだした。

 それに気付いたヘリウスは、すぐに親指を外して戻ろうとしたが、パティはそれを許さなかった。


「あ、あ……ヘリウス、待って。まだ、もう少し……いや、置いていかないで」

「いい加減にしろ。もう、いいだろうが」

「……腰が抜けたの」


 実際にはそんなことはないのだが、メイリンの元に戻らせたくはないパティが、必死に縋りつく。ヘリウスも、ヘリウスで、そんなパティを見捨てられず、ローやハイド達の力を信じながら、じりじりと野営地に戻ることになった。



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